真理は言った。
「どうしてアイドルになりたかったか、思い出せる?」
――16歳の真理を指導していたこともあって、当時の夢は鮮明に思い出すことができた。
幼いころ、勉強も運動もできた私は周囲の注目の的だった。
でも、中学に入ってから周囲の人に追い抜かれ、私は「普通の人」になってしまった。
そのことがどうしても耐えられなかった。
今の私は本当の私じゃない。本当の私は、周囲の注目を浴び、称賛されるべき存在なんだ。
だから私は、本来の自分に戻るために、アイドルを目指した。
真理は、
「あなたは――」
と言ってから、主語を自分に言い換えて続けた。
「私は――周囲の人から評価されたかった。そして、人から評価されるようになれば幸せになれると思っていた」
真理がタブレットを操作すると、30センチくらいの、何も着ていない少女の立体映像が映し出された。
それは、私だった。
(イラスト)
ゆっくりと回る人形のような私の映像を見つめながら、真理は言った。
「生身の自分には人から認めてもらえるような価値はない。だから、価値を身につけようとした」
真理がタブレットを操作すると、人形の私はハニーズの服装を身につけた。
(イラスト)
「価値を手に入れれば人から評価されるから安心する。でも、その価値ではまだ足りないことが分かると、より価値の高いものを手に入れようとする」
ハニーズの制服が、アイドルの衣装に変わった。
(イラスト)
「それでも理想にはほど遠いと感じた私は、もっと売れている人――周囲から評価されている人――に追いつくために努力を重ねた」
人形の顔が変化し、二重瞼で鼻の高い美しい顔になった。
さらに隣にはアイドルの男性の人形が現れた。私の服装は高級そうなドレスになり、男性と手を組んでレッドカーペットの上を歩き始めた。周囲には観客が映し出され、大量のフラッシュがたかれている。
真理はその様子を見つめながら、ため息をつくように言った。
「でも、私は幸せになれなかった。なぜなら私は、世の中の人が認める価値を重ね塗りしているだけで――」
真理がタブレットを操作すると、私の着ているドレスがなくなり、顔は元どおりになり、最初の裸の状態になった。
「『生身の自分に価値がない』という思いは消えなかったから」
真理は続けた。
「いや、むしろ、人から評価されるための努力を重ねれば重ねるほど、『生身の自分には価値がない』という感覚は強まっている気がしたわ」
――私は、真理の言うことが痛いほど分かった。
中学時代、何とか周囲の気を引こうと色々な努力をした。笑ってもらえそうなことは何でもやったし、自虐ネタも大いに披露した。
それは、周囲へのサービスでもあったけれど、同時に、「何もしない生身の自分には価値がない」という思いも裏返しでもあった。
目の前の、裸の私の映像は、無言のまま回り続けている。
でも、私はその人形の悲痛な叫びが聞こえる気がした。
ただ、そこにいるだけでは、誰からも認めてもらえない。
だから私は、人を振り向かせるために価値を絞り出さなきゃいけないのだ。
「じゃあ、どうすれば良かったの?」
私は真理にたずねた。
「どうすれば私は幸せになれたの?」
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評価
良いと思うところ
最初の方は何回も読んでいるうちに段々理解できてきました。
とくにあきらめと受け入れるが
同じって言うのはなかなか刺さりました(*_*)
私自身いろんなことがあきらめられなくていまだに苦しみ続けています。
でも夢を叶えるのと幸せはまた少し
別のところにあるのが理解できたので
スッキリして良かったです!
良くないと思うところ
最後の方のさとりは何度読んでも
ぐちなかなか理解が難しいです(>_<)
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コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます!さとりの難しい部分、具体的に教えてもらえると色々直し甲斐があるので、次回のコメントでも良いので教えてもらえるとうれしいです!よろしくお願いします!
2018年6月6日 17時23分 水野敬也評価
良いと思うところ
五感の欲求、幸せは努力や運で満たすことは出来ても、外気に、世界に触れることがない「心」からの幸せを感じられることは奇跡のように思えてきました。鮮明に感じられることでないというか…。
今心地よさを感じとれているか、、、シンプルな感覚が究極と気づかされて、ホワッと軽くなった気分です(^-^)
「完璧ではない他者を受け入れる……」ことが遥か昔から(夫婦、家族とか、、)『つながり』が自然に出来てきたから繁栄してきたのだなぁ、これらの真理が明るい未来に続くための永久に遺す道しるべのように感じます。
自分なりにですが、感じとれたことが、この回がとても素晴らしく、思い巡らしていきたいと思います^ ^
良くないと思うところ
心から感動したのですけど、楽しむ余裕がありませんでした。。。(^^;;
Shiho☆「心地よさ」を感じることが、自分を支えている、つながりを支えているという実感が出てくればなぁと思います。
1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます。確かに後半は理屈だけを説明しているので、もっと自分にとってどうか、という部分に焦点を当ててみたいと思います。引き続きよろしくお願いします!
2018年6月6日 17時24分 水野敬也評価
良いと思うところ
「気づくことが大切」というのは、「夢をかなえるゾウ」と同じかな?と思いました。
「自然」と「人間」の関係について、この物語に書かれているようなことを、多くの人が感じているでしょう。
「でも止められない」「自分は無力だ」「権力から逃れられない」「なぜなのか?」
そのような自問自答に答えてくれて、多くの方が納得する物語があれば、ヒットするのかな?と思いました。
良くないと思うところ
楽しいから小説を読む、物語を読むのですが、これは全く楽しくない!
かおり1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます。確かに後編と前編を読んだうえで楽しめるか、が大事なので色々考えながら直しに入りたいと思います!
2018年6月7日 23時20分 水野敬也評価
良いと思うところ
私自身、夢に向かってがむしゃらに行動した後、あきらめたことがあります。
でも、その「あきらめ」がなぜかネガティブな感じではなかったので、この気持ちなんだろう・・・と思っていたのですが、作品中の「受け入れる」という言葉で腑に落ちました。
夢に向かって頑張っても全然期待したとおりの結果にならなかったけど、「あきらめ」て、「受け入れる」には、結果がどうであれ、行動するしかないのかもしれません。
「受け入れる」という言葉には、「自分の限界(または自分の役割)を知る」ということも含まれるでしょうか・・・
作品中ではタブレットがいろいろな景色を見せてくれますが、真理と山Pの人生を二つの大きなスクリーンで同時に映画のように見ることができたら、そこには二人?がそれぞれの人生を健気に懸命に生きている姿があるような気がして、とても愛おしいです。
良くないと思うところ
最後の「さとり」の状態、すべては全体の一部であり、つながっているという部分はとても壮大で、哲学的な感じがしました。
さちべえ次回、どのように話が展開していくのか楽しみです。
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コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます。確かにタブレットから出てくる映像とスクリーンなど厳密にまだ決めれてないのでもう少しはっきりとさせたり、良い演出ができたらと思います。ありがとうございます!
2018年6月7日 23時21分 水野敬也評価
良いと思うところ
ここまで一気読みをしたのですが、すごく面白かったです。個人的には前半の勢いを殺しかねないアンチテーゼを後半に持ってきたところに痺れまして、膝と好きボタンを交互にたたきまくったのですが、好みがわかれるかもしれないとも感じました。
前半の若い真理のアイドルを目指す過程は節々で(嫉妬や面接の雰囲気など)リアルさを感じ、これを現役のアイドルや志望者の感想・意見を取り入れたらもっと生々しさがでるのかな、と思いました。(すでにやっていたらすみません)
良くないと思うところ
成功と幸福のバランスの問題は非常に難しいものだと思います。僕はリチャード・カールソンの『小さいことにくよくよするな』を読んで、この考えを日常生活に取り入れようと訓練していて、目標はどんな状況でも幸せを感じることですが、どうしても「成功と他者への憧れ」は自然発生的に生まれてしまいます。
HANAこの問題は僕が今最も関心を寄せている分野なので興奮しているのですが、「サクセスストーリー好き」の方は後半でテンションが下がってしまう恐れがありますね…
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