心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第1話

「謝るのは若月さん得意でしょ。だからお願い」

 店長に報告すると、ヘラヘラと笑いながらクレーム対応を押し付けられた。もういい加減にしてよ、という言葉を喉の辺りでこらえた。社会人になってから、言葉を飲み込むことが日常的になっている。

 壁掛け時計に目をやると、朝の十時半になろうとしていた。今すぐ謝罪に伺えば店が込み合う時間帯には戻ってこられるだろう。店舗の隣にある倉庫からカタツムリンの置時計を準備すると店を出た。途中、菓子折りも必要だと評判の良い和菓子屋でかりんとうを買った。急いで向かいながらお詫びの言葉を考えた。

 謝罪が得意なわけではない。そんな人はあまりいないのではないだろうか。この仕事を続けて八年、何年たっても苦情処理は慣れることない。胃は痛くなるし、もの凄く緊張する。

 今もそうだ。担当していた社員から直接話を聞くことができず、状況がいまいちわからない。このことも私の気を張り詰めさせた。急いでいるつもりだが、足取りは重く感じる。

 電話のお客様の住所に到着した。伝票に記されている「守口隆信」という名前を表札で確認する。目の前にかなり年季の入った小さな一軒家が建っている。木造の壁はこげ茶色に変色している。引き戸も立て付けが悪そうだ。

建物の雰囲気が重苦しく感じられて息苦しくなった。緊張で体も硬くなっていく。それでもこのままというわけにはいかない。

「よしっ」

 声を出して気合を入れて、チャイムを押した。

しかし呼び出し音は鳴らない。不思議に思って何度か押したが、うんともすんとも言わなかった。

 気持ちを落ち着かせるために深呼吸すると、戸を軽く叩いた。

少し間を置いて、引き戸のガラスに人影が揺れて、ガラガラと音を立てて開いた。目の前に白いシャツが現れる。見上げると目線より頭一つ分くらい高い位置に男の人の顔があった。この人が表札の守口さんか、と思っていると、

「いらっしゃいませ」

と守口さんは私に爽やかな笑顔を向けた。

「この度は誠に申し訳ありませんでした」

 頭を下げて謝罪した。

「ええっ。てっきりお客さんかと思ったのに」

 守口さんは落胆の混じった声を出した。

「あの……申し訳ございませんでした」

 再び深く頭を下げた。

「こちらこそ、呼びつけてしまってすみませんね。特典、楽しみにしていたものですから」

「お納めください」

 私は特典と途中で購入したかりんとうを差し出した。守口さんは特典の包装を剥がして箱を開けると、カタツムリンの置時計を取りだした。

「素晴らしいですね。殻の部分を時計にして、時針・分針・秒針がグルグルと回る……」

 うっとりした表情でカタツムリンを眺める姿に、そんなに良い品だろうか、と微笑ましく思った。毎日のように店の公式キャラクターを見ている私にはわからない魅力があるのかもしれない。

 次に守口さんはかりんとうの入った袋を覗き込み、何が入っているのかと私に聞いた。袋の中身を答えると、どんな形のものかとさらに尋ねてきた。

「まっすぐした、棒のようなものです」

 かりんとうの形を知らないのかと不思議に思いながら答えると、もの凄くがっかりした顔をされた。

「……あの、申し訳ありませんでした」

 その様子にどうしてよいかわからないまま返す。

「ああ、失礼。岩手のかりんとうが好きなんですよ。形が良いですからね」

と守口さんは人差し指をクルクルと回す。やはり何を言っているのかよくわからない。


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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

愚痴という発想がもう素晴らしすぎてその時点で感動です!(笑)
自分も心の居場所がわからず愚痴を誰かにこぼしたくなることがあるので愚痴聞き屋が欲しいところです…
これからの文章に期待してます!頑張ってください!

良くないと思うところ

ないです!

かしこ
2人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人かしこ
コメントの評価

 著者からの返事

かしこ様
コメントありがとうございます!
とても嬉しいです。
私も誰かにグチをこぼしたくなることがあるので、グチ聞き屋さんみたいな人がいたら良いのにな、と思って書いています。
感想をいただけてとても励みになります。
頑張りますのでこれからもよろしくお願いいたします。




 

2018年7月4日 14時27分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

おもしろいっすよ~!!!

作者の方は、名前から推察するに「女性」ですが、女の人の書く小説の方が、共感できる部分や、感覚が合う部分は多いと思います。

良くないと思うところ

「グチ聴き屋」さんがキモイ

隔週更新って、間空きすぎ!

かおり
1人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人
コメントの評価

 著者からの返事

かおり様
コメントありがとうございます!
すごく嬉しいです。
読者様の共感できる部分や感覚が合うと思える部分を増やしていけるように頑張ります。
グチ聞き屋さんのキモさを減らして好感度を上げていこうと思います。
ご指摘、とても参考になります。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月4日 14時36分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

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良いと思うところ

ハラハラドキドキしなくて(いい意味です)…でも佳歩ちゃんの気持ち“あるある”過ぎて楽しくスッと読めました^ ^私は愚痴を言う相手、友人とかも選んでしまうタチなので、(後の自分を見る友人の目とか余計なこと考えて、、、余計にストレスかかったり(´ー`))こういう愚痴聞き屋さんがいるといいなぁって思いました!巡り会えたキッカケもいい感じだなぁと。認知行動療法、、、硬い言葉だけれどどういう風に分かりやすくタメになるのか楽しみです。

良くないと思うところ

とくにありません。。

Shiho☆
1人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人
コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様
コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
Shiho☆様の「後の自分を見る友人の目とか余計なことを考えて、、、」にすごく共感してしまいました。
私も先のことまで気になってしまうタイプなので。
認知行動療法はそういう方におススメできるものだと思います。
がんばりますのでこれからもよろしくお願いいたします。

2018年7月4日 14時47分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

素直にストーリーに入りやすいし、あはは!と笑える、続きが読みたくなる展開でした!
この物語を読みながら、ノン!は、なぜか、水野敬也様が、学生時代にしていた、ホメ殺し屋!を思い出しました!

良くないと思うところ

楽しく読めたので、良くないと思うところは、ありませんが、主人公やその他の登場人物のイメージは、何となく頭に浮かぶのですが、愚痴り屋さんのイメージがイマイチ頭に浮かばないので、これからの展開で、どんな感じの人か、分かるのかなぁと、ノン!は、楽しみにしています!

退会済みユーザー
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コメントの評価

 著者からの返事

ノン! 様
コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
続きが読みたくなる展開と言っていただけると励みになります。
読者の皆様に伝わるようにグチ聞き屋さんのキャラクターをしっかり固めていきたいと思います!
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月10日 10時57分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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