心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第1話

「……購入されたテーブルは組み立てられましたか?」

 良い返事が見つからず、愛想笑いをして話題を変えた。

「ちょうど作業していてね。困っていたんですよ。ちょっと見てもらえませんか?」

 思わぬ言葉にどう返答をしようか戸惑ってしまう。

「ちょっとだけお願いします」

 にっこりと私に笑顔を向けた。

 断り切れず、家に上がる。六畳ほどの居間に案内された。室内は殺風景で、隅に茶色い棚がポツリとあった。色の焼けたビニール素材の床の上に、テーブルの部品がバラバラに転がっていた。組み立てがそれほど難しくない商品のはずだった。

「手順でお困りのことが?」

 判然としないながらも尋ねてみる。

 守口さんは床に転がる金具のひとつを手に取った。

「この形に見惚れてしまって、なかなか作業ができないんです。それにネジを穴にはめるの苦手なんですよ」

 螺旋状の溝を指先でなでながら、私に笑顔を向けた。どう返してよいかわからず、愛想笑いで返す。

「組み立てってお願いすることできますか?」

 テーブルの天板を裏返す。その中央にある穴に金具をはめてプラスドライバーを回した。キュッキュッと木と鉄製の材質がこすり合う感覚が手を通して体に伝わってく。天板に対して垂直に脚を安定させるためのフレームを固定した。。

「さすがですねえ。手際がいい」

 私の作業を向かいで眺めながら守口さんが言った。顔を上げて愛想笑いで返す。すぐに視線を部品に戻すと、フレームの四隅に脚を金具で固定する作業に移った。手を動かしながら、今日こなすべき本来の仕事を思い浮かべる。早く終わらせて店に戻りたい。

「あのお店は長いんですか?」

「ええ。もう八年目です」

「すごいですねえ。ひとつの場所で長く働き続けるなんて。中々できることじゃありませんよ」

 心の中でため息をついた。よく言われることだが、私には褒め言葉とは思えない。短大を卒業してから、ずっとあの店で働いている。もう八年、まだ八年。これからも変わらずあの場所で働き続けるのだろう。先のことを考えると憂鬱になる。

「大丈夫ですか?」

 守口さんの言葉に自分の手がとまっていたことに気づく。

「……いいことなんですかね? それって」

 ずっと思っていた疑問を投げかけていた。

「就職してもすぐ辞めてしまう人も多いじゃないですか。その中で地に足つけてしっかりお仕事をされている。それってとても素敵なことだと思いますよ」

 その返答に、退職していく社員のことを思いだす。非常識な行動が頭に浮かんで、苛立ちが湧き上がってくるような感覚があった。

「好きで働き続けているわけじゃありませんよ。もう逃げ出したいって数えきれないくらい思ってます」

 本音だった。守口さんではなくあの社員に伝えたかった言葉だ。それでも仕事を簡単には投げ出すことはできない。

 込み上げてくる思いに考えを巡らせながら、取り付けたはずの脚を掴むと、しっかり固定されていなかったのかグラグラと少し揺れた。金具をプラスドライバーで回していく。

「それでも続けているんですよね」

 守口さんが笑顔で問いかけてくるので、思わず手を止めた。

「いい条件で転職できるなんて、一握りですよ。私なんか無理です。それに就職活動ってものすごく大変だった記憶しかないんで。最近の人はすぐ辞めて別の会社って考える人もいますけど、今は売り手市場だから。あと数年遅く生まれていたら、こんなハズレくじみたいな人生にならなかったのに」

 言った後で我に返った。お客様相手に何を話しているのだろう。謝罪で伺ったのにもかかわらず、愚痴を話すなんて有り得ないことだ。

 しかし、守口さんはそれを気にもとめない様子でうっとりとするような笑顔を私に向けていた。

 その表情にたじろぎながらも謝罪する。

「……あの、申し訳ありませんでした」

「いいんですよ。少し待っていてください」

 笑顔のまま守口さんは部屋を出ていった。

 私はまだ取り付けていない脚を手にして、固定する作業を始めた。金具を穴にはめてプラスドライバーで回しながら、愚痴を話した自分に反省した。しかし、守口さんがかけてくれた言葉は気持ちを吐露させるように誘導された感覚があった。聞き上手な人なのかもしれない。

 最後の金具をはめて組み立てが完成したところで、コーヒーの香りがしてきたので辺りを見渡すと、ドアの近くで守口さんがカップを二つ盆にのせて立っていた。

「できあがりましたか。ありがとうございます。いただき物なのですが、ぜひ飲んでいってください。さっそくそのテーブルを使いましょう」

 盆を置くと、二人で逆さにしていたテーブルをひっくり返す。

「素敵ですね」

 私が椅子を並べていると、守口さんは茶色の木目調のテーブルを眺めながら言った。そして卓上を布巾で軽く拭いた。

「見てください」

 促されて目を向けると、テーブルには表面は艶(つや)があった。見慣れている商品がこの家の居間の風景になっていることに嬉しく感じてしまう。

「でも……ネジが埋まってしまいましたね……」

 守口さんは寂しげな顔で呟いた。その言葉に、金具は組み立てるためにあるものですよ、と心の中で返した。

 椅子に座るように促されて、会釈して腰掛ける。

「ミルクは?」

 テーブルにカップとミルクポットを並べながら尋ねられる。

「ありがとうございます。お願いします」

 私が答えると、守口さんは素早くコーヒーをかき混ぜ始めた。円が描かれている液体の中にミルクを混ぜる。カップに顔を近づけて、白い渦がコーヒーに溶け込んでいく様子に目を輝かせて眺めていた。

「あの……何をしているんですか?」

 奇妙な行動に、戸惑って尋ねてみた。

「先に液体をかき混ぜてからミルクを混ぜないと渦が描かれないんですよ。グルグルと渦巻く姿は美しいですよね。物でも人でも」

 私の前にコーヒーを置きながら言った。困惑して愛想笑いで返すことしかできなかった。

コーヒーを一口飲んで、気持ちを落ち着けると会釈した

「先ほどは、お客様に仕事のグチを言うなんて……。本当にすみませんでした」

「いいんですよ。それが僕の仕事なんで」

 にこやかな笑顔で返してきた。

「仕事……なんですか?」

 どのような職業か想像がつかず問いかけると、「グチ聞き屋」と大きく書かれた名刺を差し出された。

「……グチを聞くお仕事なんですか?」

 カウンセラーのような職業なのだろうか。

「三度の飯とグチが好き。私、グチ聞き屋をしております守口隆信と申します。もしよかったらどうぞご利用くださいませーー」

 おどけた様子で自己紹介をされて、陽気な人なのかもしれないと少しだけ親近感が沸いた。

「さっきのあなたのようにグチを話してもらうことが僕の仕事です。もう、どんなグチでも大歓迎です」

 守口さんの目はコーヒーの渦を眺めている時のように輝いていた。

「あなたのグチは素晴らしいですね。久々にこんなにおいしいグチ聞きましたよ」

 うっとりした表情に、少しだけ沸いた親近感が急激に薄れていった。どう返してよいのかわからず、名刺に視線を落とした。それを眺めながら、利用することはないだろうなと思った。


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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

愚痴という発想がもう素晴らしすぎてその時点で感動です!(笑)
自分も心の居場所がわからず愚痴を誰かにこぼしたくなることがあるので愚痴聞き屋が欲しいところです…
これからの文章に期待してます!頑張ってください!

良くないと思うところ

ないです!

かしこ
2人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人かしこ
コメントの評価

 著者からの返事

かしこ様
コメントありがとうございます!
とても嬉しいです。
私も誰かにグチをこぼしたくなることがあるので、グチ聞き屋さんみたいな人がいたら良いのにな、と思って書いています。
感想をいただけてとても励みになります。
頑張りますのでこれからもよろしくお願いいたします。




 

2018年7月4日 14時27分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

おもしろいっすよ~!!!

作者の方は、名前から推察するに「女性」ですが、女の人の書く小説の方が、共感できる部分や、感覚が合う部分は多いと思います。

良くないと思うところ

「グチ聴き屋」さんがキモイ

隔週更新って、間空きすぎ!

かおり
1人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人
コメントの評価

 著者からの返事

かおり様
コメントありがとうございます!
すごく嬉しいです。
読者様の共感できる部分や感覚が合うと思える部分を増やしていけるように頑張ります。
グチ聞き屋さんのキモさを減らして好感度を上げていこうと思います。
ご指摘、とても参考になります。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月4日 14時36分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

ハラハラドキドキしなくて(いい意味です)…でも佳歩ちゃんの気持ち“あるある”過ぎて楽しくスッと読めました^ ^私は愚痴を言う相手、友人とかも選んでしまうタチなので、(後の自分を見る友人の目とか余計なこと考えて、、、余計にストレスかかったり(´ー`))こういう愚痴聞き屋さんがいるといいなぁって思いました!巡り会えたキッカケもいい感じだなぁと。認知行動療法、、、硬い言葉だけれどどういう風に分かりやすくタメになるのか楽しみです。

良くないと思うところ

とくにありません。。

Shiho☆
1人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人
コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様
コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
Shiho☆様の「後の自分を見る友人の目とか余計なことを考えて、、、」にすごく共感してしまいました。
私も先のことまで気になってしまうタイプなので。
認知行動療法はそういう方におススメできるものだと思います。
がんばりますのでこれからもよろしくお願いいたします。

2018年7月4日 14時47分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

素直にストーリーに入りやすいし、あはは!と笑える、続きが読みたくなる展開でした!
この物語を読みながら、ノン!は、なぜか、水野敬也様が、学生時代にしていた、ホメ殺し屋!を思い出しました!

良くないと思うところ

楽しく読めたので、良くないと思うところは、ありませんが、主人公やその他の登場人物のイメージは、何となく頭に浮かぶのですが、愚痴り屋さんのイメージがイマイチ頭に浮かばないので、これからの展開で、どんな感じの人か、分かるのかなぁと、ノン!は、楽しみにしています!

退会済みユーザー
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コメントの評価

 著者からの返事

ノン! 様
コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
続きが読みたくなる展開と言っていただけると励みになります。
読者の皆様に伝わるようにグチ聞き屋さんのキャラクターをしっかり固めていきたいと思います!
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月10日 10時57分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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