次の日、私は仕事帰りに喫茶店で人を待っていた。
「ごめん。遅くなった」
背後から肩を軽くたたかれる。グチ聞き屋について考えていた私はハッとして振り返ると、みのりちゃんの姿があった。
「うん。大丈夫」
私が笑顔で答えると、みのりちゃんは向かいに腰かけながら早々に仕事の話を始めた。
目の前に座る四つ年上の従姉妹は、コールセンターで正社員として働いている。旦那さんと二人暮らしだ。家がすぐ近所なので、月二回ほど二人で会って仕事のことや家のことなど何でも話している。女子会と呼ぶには少し厳しい年齢になってきたので、従姉妹会ということにしている。日ごろの愚痴を言い合えてお互いにストレス発散できる貴重な会だった。
「帰ろうとしたら、職場の若い子に仕事辞めたいって言われて。まだ、就職して一年しか経ってないっていうのに」
みのりちゃんはため息まじりで話し始めた。
「一年ならまだいいよ。私のところは、一カ月だよ」
私は例の社員のことで返す。
「嘘! どうなってんのよ。今どきの子は」
「本当、いい加減にしてほしいよね。でも店長が引きとめもしないで退職願受け取っちゃってさ」
お互いに仕事のグチを言い始めると、とまらなくなる。
二人の話の大半は仕事のことだったが、既婚者のみのりちゃんは、たまに旦那さんの話もする。
一方、私はここ一年ほど他に話題がない。昨年、地方に転勤となってしまった彼氏と遠距離恋愛が続けることができず別れてしまった。仕事も忙しいので、家と職場の往復だけの生活は話すことが限られてしまう。
「みのりちゃんは旦那さんにも色々話を聞いてもらえるからいいよね」
たまに家庭のことを話すみのりちゃんに、私は言ってしまうことがある。
「そんなことないって。他人と暮らしてんのよ。我慢だらけよ」
そう返されて、そうだよな、と頭ではわかっていても旦那さんのグチを話すときのみのりちゃんは少し楽しそうに見える。それを指摘すると、怒るから言わないけど。
「佳歩の職場で退職者って珍しいね」
一通りグチを言い終えた後、みのりちゃんが一か月で辞めた社員のことを口にした。
「正社員が入るのも滅多にないことだから」
私はそのことを思い出すと体から力が抜けていくような感覚を思い出した。けれども本音を言えば、自分の思いのままに行動して辞めていく例の社員が少しまぶしく見えた。
「お互い大変だね」
みのりちゃんの言葉に私は頷いた。共感してくれる相手がいるのはうれしい。
「でもさ、佳歩も辞める人みたいに行動を起こそうと思えば起こせるよね?」
「どういうこと?」
思いもよらない指摘に戸惑いながら、聞き返す。
「私は、旦那がいるから難しいけどさ。佳歩は独り身じゃない。転職するのも自由にできるでしょ」
「そんな無責任なことはできないよ」
周囲を顧みない行動はしたくない。何か気に入らないことがあるからといって転職するなんて社会人としてどうなのだろうか。
「全然できるよ。何で行動しないのか私にはわからない」
「無理だよ。中途採用だよ。私みたいな二十代後半は結婚とか出産とか関わってくるから転職するのは難しいんだよ」
「でも三十代になったらもっと難しくなるよ」
「転職って今より条件悪くなることの方がほとんどじゃない。そうなるとやっぱりできないよ」
みのりちゃんは腑に落ちないというような顔を向けていた。私が言っているのは一般的なことだ。しかし、多くの人が共通して抱える問題だ。その条件を乗り越えて転職することがどんなに大変か。短大生の時、就職活動がものすごく大変だった。いくつも面接を受けたがなかなか内定を取ることができず、周囲から置いていかれた気持ちになってみじめだった。今の職場にやっと決まった時ものすごく安心した。苦労して手に入れたものを、辛くても簡単に手放すことはできない。
「結局、佳歩は変化を怖がっているだけだよ」
「そんなことないよ。勝手なこと言わないで」
さらに追い打ちをかけられた。悔しくて奥歯を噛みしめる。
「まあ、いいけど。今日はなんかスッキリしなかったなーー」
話を切り上げられて、ままそのセリフをみのりちゃんに返したい気分になった。余計なストレスが溜まったのは私の方だ。
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評価
良いと思うところ
愚痴という発想がもう素晴らしすぎてその時点で感動です!(笑)
自分も心の居場所がわからず愚痴を誰かにこぼしたくなることがあるので愚痴聞き屋が欲しいところです…
これからの文章に期待してます!頑張ってください!
良くないと思うところ
ないです!
かしこ2人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
かしこ様
2018年7月4日 14時27分 花田 麻衣子コメントありがとうございます!
とても嬉しいです。
私も誰かにグチをこぼしたくなることがあるので、グチ聞き屋さんみたいな人がいたら良いのにな、と思って書いています。
感想をいただけてとても励みになります。
頑張りますのでこれからもよろしくお願いいたします。
評価
良いと思うところ
おもしろいっすよ~!!!
作者の方は、名前から推察するに「女性」ですが、女の人の書く小説の方が、共感できる部分や、感覚が合う部分は多いと思います。
良くないと思うところ
「グチ聴き屋」さんがキモイ
かおり隔週更新って、間空きすぎ!
1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
かおり様
2018年7月4日 14時36分 花田 麻衣子コメントありがとうございます!
すごく嬉しいです。
読者様の共感できる部分や感覚が合うと思える部分を増やしていけるように頑張ります。
グチ聞き屋さんのキモさを減らして好感度を上げていこうと思います。
ご指摘、とても参考になります。
これからもよろしくお願いいたします。
評価
良いと思うところ
ハラハラドキドキしなくて(いい意味です)…でも佳歩ちゃんの気持ち“あるある”過ぎて楽しくスッと読めました^ ^私は愚痴を言う相手、友人とかも選んでしまうタチなので、(後の自分を見る友人の目とか余計なこと考えて、、、余計にストレスかかったり(´ー`))こういう愚痴聞き屋さんがいるといいなぁって思いました!巡り会えたキッカケもいい感じだなぁと。認知行動療法、、、硬い言葉だけれどどういう風に分かりやすくタメになるのか楽しみです。
良くないと思うところ
とくにありません。。
Shiho☆1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
Shiho☆様
2018年7月4日 14時47分 花田 麻衣子コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
Shiho☆様の「後の自分を見る友人の目とか余計なことを考えて、、、」にすごく共感してしまいました。
私も先のことまで気になってしまうタイプなので。
認知行動療法はそういう方におススメできるものだと思います。
がんばりますのでこれからもよろしくお願いいたします。
評価
良いと思うところ
素直にストーリーに入りやすいし、あはは!と笑える、続きが読みたくなる展開でした!
この物語を読みながら、ノン!は、なぜか、水野敬也様が、学生時代にしていた、ホメ殺し屋!を思い出しました!
良くないと思うところ
楽しく読めたので、良くないと思うところは、ありませんが、主人公やその他の登場人物のイメージは、何となく頭に浮かぶのですが、愚痴り屋さんのイメージがイマイチ頭に浮かばないので、これからの展開で、どんな感じの人か、分かるのかなぁと、ノン!は、楽しみにしています!
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著者からの返事
ノン! 様
2018年7月10日 10時57分 花田 麻衣子コメントありがとうございます。
とても嬉しいです。
続きが読みたくなる展開と言っていただけると励みになります。
読者の皆様に伝わるようにグチ聞き屋さんのキャラクターをしっかり固めていきたいと思います!
これからもよろしくお願いいたします。