心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第2話

 グチ聞き屋の守口さんと電話で話してから数日が過ぎた。久しぶりの休日だったのでいつもより遅めに起きると、ベッドのシーツを洗濯機に放り込んだ。テレビを観ながら朝食をとる。家にいても無意識に仕事のことを考えてしまう。職場はあと五分で開店だな、とぼんやり思っていると、スマートフォンが鳴った。

「若月さん! ないんです!」

 アルバイトの大山さんの声が聞こえてきた。

「落ち着いて。何があったの?」

「カタツムリンの置時計の在庫が全然ないんです」

「倉庫に置いてなかった?」

 一定金額以上の購入者を対象にした特典のことだ。数日前に在庫を確認して、数が不足していたので店長が発注したはずだった。

「探したんですけど。でも、ないんです」

「店長に確認した?」

「しました。でもわからないって言っていて……」

 なぜ発注したはずの特典がないのだろう。倉庫以外の保管場所はなかったか考えを巡らせるが見当がつかない。

「みんな困っています。店長があの調子だと、どうしたらいいのかわかりません。若月さんお店に来られませんか?」

 大山さんの声色に苛立ちが交じっているように感じた。

「わかった。すぐ行くね」

 電話を切ってため息をつく。先ほどまでの穏やかな気持ちが消えていく。久しぶりの休日よ、さようなら。急いで支度をしていると、洗濯終了のアラームが鳴った。迷ったが、店に向かうことを優先した方がいいだろう。そのままにして家を出た。

 店に到着し、店舗の裏側にある従業員出入口から中へ入る。傍にある更衣室で制服に着替えると、急いで事務所に向かった。

「ごめんねー。休みの日に。特典の在庫ってどこに置いてたっけ?」

 軽い様子で尋ねてくる店長に嫌な予感がした。

「倉庫にはなかったんですよね? 発注伝票は確認しましたか?」

「たしか引き出しにしまったような……」

 発注済の伝票は、「済」という判子を押しファイリングして、部屋の奥の棚にしまうことになっている。

「あった。これだよー」

 机の引き出しから取り出した発注伝票を見せてもらう。

「判子が押されてないです。未発注の可能性はありませんか?」

 悪い予感が当たらないことを願いながら確認する。

「うーん。そうだったかなあ。判子の押し忘れじゃないかな」

 あいまいな返答にあきれてしまう。すぐに発注先に電話をかけて確認すると、注文は受けていないということだった。伝票に記されている数を注文して、早急に届けてほしいことを伝えたが、どんなに早くても三日後の午後になると言われた。予感が的中したことに落胆しながら電話を切った。

「悪い、悪い。うーん、忘れちゃうなんて俺も歳かなあ。もう今日はなしでいいんじゃない?」

「なしって……。そんなの駄目ですよ」

 全店舗一斉キャンペーンなのだ。店舗単位で中止の判断はできない。店長のやる気のない様子に苛立ちながら感情をこらえる。態度を表に出してしまうと、きっとすねて仕事にならなくなるだろう。今日の分の特典を急いで用意しないといけない。

「他店にわけてもらいましょう。一店舗五個わけてもらうとして、四店舗手わけして回りましょう」

 すぐに出掛ける支度を始める。

「キャンペーンなんてなきゃ、たかがおまけに振り回されることもないのに」

 店長のため息まじりの呟きを聞き、腹立たしさがこみあげてきたが言葉を飲み込んだ。言いたいことをこらえる時、いつも鉛のようなものが腹の底に溜まる感覚がある。普段より気持ちを抑えていたせいか、いつも以上に重く感じた。

「がんばりましょう」

 無理やり笑顔を作って店長に声をかけた。感情を隠して、きちんと笑顔になれていたかと気になる自分がみじめに感じた。

 他の店舗を訪ねる度に嫌味を言われた。

「またですか?」

「発注漏れ、多くないですか?」

「おたくの店舗にわける分まで在庫確保してないんだけど」 

頭を下げてお詫びを言いながら特典をわけてもらった。店長はよく発注ミスをしていて、商品をわけてもらうことが多いので皮肉を言われてしまうのは当然のことだと思う。

一度、店長に発注業務を一緒にさせていただけないですか、と恐る恐る話してみたことがある。だが、聞いてくれることはなかった。 

私はやっぱり上手く話すことができない。もし、店長にきちんと要望を伝えることができていたら、今日の出来事は起こらなかったのかもしれない。悩んでも仕方のないことについて、グルグルと考えを巡らせていた。

 サマーセール期間の中、他の店舗から特典をかき集めて店に戻る。平日だったが店内は混雑していた。そのまま売り場に入り接客業務につく。仕事の合間に、電話をくれたお礼を大山さんに伝えた。そっけない返事をされて、正社員がアルバイトに迷惑をかけている状況が情けなくなった。 


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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

佳歩ちゃんの 仕事に対する姿勢、真面目さ、サラリーマンの鏡のようで素晴らしいのに、心は晴れず曇ったまま…むしろストレス溜まる一方とか、多くの人が抱えているだろう心境をピタリと書いてくれていて、気持ちが軽くなった気分です^ ^店長に見合わないであろう人が店長でいられる矛盾さなど矛盾ばかりの?!現実に辟易しながらもやるべきことはしなければならない心境とても分かります。。。頑張りすぎて視野が少し狭くなっている佳歩ちゃんに、愚痴聞き屋さん、すごくいいさじ加減で硬くなっている心をほぐしてくれて、優しさもすごく伝わって良かったです(^^)救われるというより自分で変わろうと思えるような愚痴聞き屋さんの存在感…佳歩ちゃんこれから気づいてどう変わっていくか、次回も楽しみにしています!

良くないと思うところ

二週間ぶりでも、すっと引き込まれて一気に読めました!←良くないところではありませんね、笑

Shiho☆
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コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様

コメントありがとうございます!
佳歩に共感していただけて私もほっとしています(笑)
佳歩が変化していく過程も共感していただけるように頑張ります。
これからもよろしくお願いいたします

2018年7月23日 14時35分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

タメランド初の女性の方でしょうかね^^

柔らかい文章でとても読みやすいです◎
描写が続くところも、とても細かく流れるように読めました。
普段から、色々な事を、ちゃんとよく見れている方なんだろうと思いました。
じゃないと、1話にあった「ーグルグルと渦巻く姿は美しいですよね。モノでも人でも。」なんて事も多分書けないなって*

良くないと思うところ

流れて読めるのはいいのですが、1話のようにインパクトある言葉がもう少しあると、さらに印象に残るかなと思いました◎

わたしはあの一文すごく好きです。
きれいな言葉を並べてきれいな文章にするのではなく。ちゃんと、きれいな文章を書ける方だと思いました。
愚痴という一見、人の汚い感情を
きれいなモノとして本の中で処理してもらえることを楽しみにしています◎

takamin
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かおり
コメントの評価

 著者からの返事

takamin様

コメントありがとうございます!
読みやすいと言っていただけて嬉しいです。
インパクトのある言葉を各話に出して印象に残るように努めてまいります。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月23日 14時47分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

11234

良いと思うところ

この女性は、もっと上の人のところへ行って、「店長を取るか、自分を取るか」と迫って、自分を店長にさせるべきです。経営者にとって、どちらが良いかは明白です。
いや、しかし、こんな人間を店長にするような経営者には、見切りをつけるべきかもしれませんね。

という感じで、この主人公に肩入れして、かなり熱くなってしまうところ!

良くないと思うところ

主人公が叩かれすぎで、ストレスが溜まる。
死んでもいいから、この職場は辞めた方がいい!辞めない理由が、少し弱い。

➁の最初の方の会話「そうでよね」は少しおかしい。

2週に1回の更新なので、毎回新しいおもしろいことを入れていかないと、読者が離れてしまうと思います。
今回の内容は、第1話とあまり変わりません。

「嫌な気持ちを自分で楽にする方法」について、もう少し書いた方が、次回に期待が持てたかもしれません。
水野先生のように、すでに面白い作品を発表している作家なら、1話くらい面白くなくても、読者は期待値で読んでくれますが、新人は毎回面白くしていく必要はあると思います。

しかし、ここでの意見を参考にして、作品を仕上げるために書いていて、さらに「心理学」というジャンルでもあることから、特に面白くする必要はないのかもと思ったりもします。

かおり
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コメントの評価

 著者からの返事

かおり様

コメントありがとうございます!
ご指摘いただいたように、話の進みが遅いと私も思います。
今後は、話の速度を上げ、各話ごとに変化をつけて魅力ある作品になるように精進してまいります。
ご意見ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年7月23日 15時3分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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