心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第3話

 自宅へ戻ると洗濯機からシーツを取り出した。しわくちゃで湿っている。生乾きの臭いがしたので、再び放り込むと洗濯を始めた。

 機械の中で回るシーツを眺めていると、少し前に私が守口さんの家でグチを吐き出したあと言われた言葉を思い出した。

「グルグルと自分の作った渦に飲み込まれてしまうか、飲み込まれないように舵をとるかはあなた次第ですよ」

 頭の中で繰り返し思い浮かべた悩みは他人が作り出した渦だ。私が生み出したものじゃない。だから舵をとるなんてできるわけない。

 気持ちを調節するなんて無理だと思いながらも、もしかしたらと少しの可能性を見出そうとする自分がいる。首を横に振って、膨らみそうな期待を消した。

 思い悩むのはやめよう。リビングに向かうと、ソファに寝ころんだ。明日は店長が休みだ。きっと、仕事場はトラブルなく平穏に過ぎていくだろう。そう考えると少し気が楽になった。天井を見つめていると、徐々に瞼が重くなり目を閉じる。ベッドに移動しなきゃと思いながら、体が動かなかった。

 翌日、職場は何事もなく穏やかに過ぎていった。心なしか売り場の雰囲気が明るい気がする。たぶん私の気分が心持ち軽いからだ。

 守口さんの言うように「私の気持ち次第」というのは当たっているのだろう。だが、今回は店長がいないという環境の変化のおかげだ。私自身で気持ちを調節したわけではない。結局のところ、自分で気分を変えることは難しいのだ。

「青色のラグマットってありませんか?」

 お客様に声をかけられて、気持ちを切りかえると接客に集中した。

 守口さんの家を訪ねてから、一週間が過ぎた。サマーセールも終盤に差しかかっていて、店内は混雑していた。

 お昼を過ぎたころ、アルバイトのスタッフが全員休憩を終えたので私も昼食をとることにした。売り場を離れようとすると、大山さんに声をかけられた。

「店長がお客様に間違った説明をしてるんですけど」

 「店長」と言う言葉を聞くと、気持ちが重くなる。大山さんは続けた。

「プリント合板素材のカラーボックスにそのままペンキを塗ることができるかお客様に尋ねられて、二つ返事で、『できますよ』って」

「大山さん、フォローしてくれたってこと?」

 私の問いに首を横に振った。

「まさか。私バイトですよ。できるわけないですよ」

 たしかに私が彼女の立場だったらできないだろう。だから、私に相談しているのだ。

「店長はまだそこに?」

「はい。収納用品のコーナーでお客様と選んでいる最中です」

 私は店長の元へ向かった。

 プリント合板素材とは、紙に木目をプリントしたものを合成材などで作られた芯材に貼りつけて、本物の木材に見えるようにしたものだ。表面がツルツルしているので、そのままペンキを塗ると乾いてから塗膜がはがれ落ちてしまう。ペンキを使用するためには塗装する部分に、ヤスリがけをしなければならない。

 ここ数年は、DIYが雑誌やテレビ番組で特集されていることが多い。材料を購入し本格的に家具を作るものから、既成の家具に手を少し加えるだけのものなど幅広い。私の店でもDIY目的で商品を購入するお客様が増えている。しかし、慣れない人が手順を間違えてしまったという問い合わせがよくあった。

 そのため、本社からDIY関連について定期的に注意喚起がなされている。間違った説明をしないようにすることも通達事項のひとつだ。それなのに……。

 お客様のいる前で、私に上手くできるのだろうか。



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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

とてもまとまっていて、わかりやすい文章と新展開。

この腹の立つ店長、なんとかして!と思ったけど、守口さんのおかげでなんとかなった…

良くないと思うところ

この作品を読む決定的な意義が、まだ見出せない。

店長のような人との関係でも、自分のやり方ひとつ、うまくいかないのは自分のせいなのか?と考えるのが辛い。

かおり
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コメントの評価

 著者からの返事

かおり様
 
いつもコメントありがとうございます。
作品を読み続けていただけるよう精進してまいります。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年8月10日 23時37分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12345

良いと思うところ

愚痴聞き屋さん、店長のご機嫌、プライドを損わせることなく、うまく操って(笑)その場の雰囲気を解決、また店長が少しでも自分を見つめ直すきっかけを作ったところが、優しいだけじゃ無い、ただ者ではない(笑)本当のプロだと思わせてくれて、良かったです(^-^)
愚痴聞き屋さんの看板だけでは勿体無いくらい!

心の揺れ、、、カップの中の渦巻きは好きな小説で例えを見たことがあったので、カーテン刺繍の表現がちょっと新鮮で面白かったです^ ^

良くないと思うところ

シチュエーションは違えど、佳歩ちゃんの言動は、鏡の中の自分を見ているようでした…結局は何のトクにもならないので、思ったことは正直に動こう勇気を出して自分を変えていこうと改めて思わされました。

Shiho☆
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コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様

いつもコメントありがとうございます。
Shiho☆様のコメントにいつも勇気をいただいています。
精進してまいります。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年8月11日 0時39分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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