心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第5話


 翌日、私が仕事を終えて職場を出ると鞄の中のスマートフォンが鳴った。道の端に寄り、取り出すと液晶画面にみのりちゃんからのメッセージが表示されている。いつも用件だけを述べる短い文章しか送ってこないのに、今回のメッセージはめずらしく長い文章だった。

〈昨日は久しぶりに会えて楽しかった。話していた上司のことなんだけど。今日、電話が多くて対応が混雑したの。こういう時は上司がオペレーターの管理を行って対処していくものなのに全然できてなくて、見かねた私が上司に代わって業務をまわしたんだよね。そうしたら上司が怒って、私をオペレーター業務から外したのよ。できないから代わりにスタッフをまとめたのに、こんな仕打ちを受けるなんて本当に信じらんない〉

 メッセージの文面を見る限り、みのりちゃんの行動は部下が上司の仕事を取り上げたと同じことなので、上司が怒ってしまうのは無理もない。

〈仕事お疲れさま。大変だったね。上司も異動してきたばかりだし慣れていないのかも。でも、みのりちゃんの気持ちはすごくわかるよ〉

 私はみのりちゃんにメッセージを送ると自宅へと歩き出した。気持ちを落ち着かせるために別な視点になることを勧めてみたが上手く伝わっただろうか。

 家に着いて、鞄からスマートフォンを取り出すと液晶画面にみのりちゃんからのメッセージが表示されていたので画面に触れて内容を確認した。

〈管理職という立場の人間が異動してきたばかりという理由で仕事ができないなんてありえない!〉

 さっきより短い文章だったが、みのりちゃんの気持ちがよく伝わってきた。上司を擁護するような内容はやっぱり腹立つよね……。私はみのりちゃんにお詫びと共感するメッセージを返信した。みのりちゃんが〈気分を表す言葉のリスト〉から言葉を選び点数をつけるとしたら、たぶん「怒り 100点」だ。


*       *       *       *       *


「元気ないですね。カタツムリ日記、とても順調ですよ」

 大きなため息をついた私に守口さんは言った。私は定期的にアセスメントシートを見せることになっていたので、守口さんの家を訪ねていた。

「カタツムリ日記を続けて、色々なことに気づけるようになったんですけど。それを誰かにうまく伝えるのって難しいなって思って」

 みのりちゃんから毎日のように、上司に対する不満いっぱいの長文メッセージが送られてくるようになって一週間がすぎた。送られてくる言葉の端々にみのりちゃんも直した方がよい箇所を見つけてしまう。私はその部分を伝えようとする度に、この間のメッセージのやり取りを思い出した。感情的になるみのりちゃんの姿が脳裏に浮かんで当たり障りのない内容を返信することしかできなかった。

 自分の考えを言えないということはフラストレーションが溜まるもので、日が経つにつれてつらくなっていった。メッセージの着信音を聞くと憂鬱になりつつあった。

 守口さんが、カタツムリ日記をパラパラとめくった。

「やはり、店長さんとのことが多いんですね」

 アセスメントシートには店長との出来事を多く書いていた。「スタッフの急なシフト変更希望を店長に取り次いだら、怒りだした」や「店長が商品の在庫確認に時間がかかっていたので手伝いを申し出たら、怒りだした」などだ。

「相変わらず店長さんはブレないですね」

 守口さんは笑いながら言った。

「守口さんは何でもポジティブに捉える人なんですね」

 私はネガティブなことを言わない守口さんに感心した。従姉妹会でこの話をする度にみのりちゃんは店長に対してイライラすると言っていた。

「僕は一言もポジティブなことを言ってませんよ」

「でも、店長は芯が通っているって……」

 私にとってその言葉は前向きそのものだ。

「店長さんの性質が揺るがないという事実を述べているだけですよ。プラスやマイナスの感情は一切ありません」

 守口さんは、自分が話したことは認知行動療法の考え方だと言った。主観的で自分の都合が優先されるポジティブ・シンキングとは違い、認知行動療法は客観的で、事実や証拠が優先されるのだという。

「主観が悪くて客観が良いと言っているわけではないんですよ。楽しいときは主観的である方がその感情をより味わうことができます。ですが苦しいときは客観的になった方が気分に左右されず早く問題を解決できます。上手に使いわけていくことが大切なんですよ」

 主観的なみのりちゃんのメッセージの内容が頭に浮かんだ。客観的になっていたら上司と険悪な関係になることもなかったのかもしれない。

「人は普段、主観的なものです。カタツムリ日記で客観的な視点を養ってくださいね」

 私は守口さんが差し出したカタツムリ日記を受け取ると頭を下げた。


好きを送るためにログインしよう!

REVIEWS

評価

12334

良いと思うところ

まあ、早く続きを読んでみたいです!

良くないと思うところ

いとこも同じ悩みを抱えているって、ちょっとゲンナリしました。

いとこの上司もクソって、なんか上司は全員クソかもしれませんね!(笑)

かおり
まだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価

 著者からの返事

かおり様
コメントうれしいです!
ありがとうございます。

主人公の性格といとこの性格が違うので、同じ悩みでも反応が変わってはくるのですが……。
ゲンナリさせてしまって反省です。
精進いたします。
これからも頑張ります。

2018年8月30日 22時39分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

12344

良いと思うところ

自己肯定感が高く、負けん気が強そうな女性でも苦手な人はいるんだ、誰も平等に悩みを抱えて頭を抱えるところに少しホッとしました(*´꒳`*)

愚痴聞き屋さんの療法で、佳歩ちゃんにしかりみのりちゃんにしかり自ら逃げ出す(転職する)ことなく、うまく職場と調和をとれる、職場環境をよくする2人に変わって欲しいなあ、、、どんな風に変わっていくか楽しみです(^^)

佳歩ちゃんがみのりちゃんのために愚痴聞き屋さんを紹介したことは、佳歩ちゃんの持ち前の優しさもあるだろうけれど、愚痴聞き屋さんのおかげで佳歩ちゃんが一歩一歩着実に変わってきているところ、積極的になっているところが読めて良かったです!

良くないと思うところ

(良くないと思うところではありません)
4ページ目の、「苦しいときは客観的になった方が気分に左右されず早く問題を解決できます。上手に使いわけていくことが大切なんですよ」は本当にそうだなぁと。感情的になる前に気づけるように小説を通して変われたらと思います。
自分の、負けず嫌いでどうしても勝手な、余計な嫉妬をする性格にもかなり有効そうです^ ^

Shiho☆
まだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様

コメントありがとうございます!
佳歩が変化していくところが伝わって嬉しいです!
私も感情的にならないように作品を通して勉強しています。
これからもよろしくお願いいたします。

2018年9月17日 13時40分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
ページトップに戻る