心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第8話


 店で店長は確実に浮いていた。一度崩れた人間関係をもとに戻すのは容易じゃない。しかも、何が原因かわからないのだ。充実していた毎日は幻だったのだろうかと思えるくらい遠くにすぎ去ってしまい、出勤するのが憂鬱で仕方がなかった。

 成す術がなく途方に暮れていると、上司から呼び出され売り上げの悪い店舗に異動を告げられた。店長はその辞令に正直ほっとしたそうだ。平塚さんが気軽に接してくれていても、ここで働き続けるには針のむしろだった。

 新しく配属された店舗は立地が悪く、閉店の噂も何度かでていたので、売り上げを伸ばすことは一筋縄ではいかないことが明白だった。それでも、大型店舗で培った技術で業績をあげようと決心した矢先、研修で本社に呼ばれた。

 久しぶりに会った前の店舗の従業員から、平塚さんが副店長の役職がほしくて店長を異動させるように画策していたことを聞かされた。平塚さんは上司のグチを言う場を作り、店長が悪口を吹聴いると上司に報告したのだった。

 平塚さんに逆らえず、その計画に加担したことを謝る従業員を目の前にしても、店長は信じられなかった。まさか、あいつが。そんなはずはない。聞かされた話を否定する言葉が次々と頭に浮かんでは消えた。

 もし、その話が本当で上司が誤解しているのであれば解きたかった。後日、大型店舗を訪ねて事情を説明しようとしたが取りあってもらえなかった。

 帰り際、店内で働いている平塚さんの姿を見つめながら、従業員から聞いた話が真実なのか尋ねようとして迷った。店長の視線に気づいた平塚さんは意地悪そうな笑みを浮かべた。その顔から店長はすべてを悟った。

「俺も馬鹿だよな」

 店長は力なく笑うと、一気にコーヒーを飲み干した。年月がすぎて店長はいくつかの店舗に勤務したのち、現在の店舗へ異動した。平塚さんは本社に栄転となり、周囲からの評価も高いらしい。本社に行く度に、店長は平塚さんに声をかけられて、「売り上げいまいちだなあ。相変わらずの仕事ぶりですね」と嫌味を言われるのだという。

「今日の視察も平塚のせいかもしれない。そう考える俺も性格悪いけど」

 店長の思いこみだとは感じたが、平塚さんへの不信感がぬぐえないのは、しかたのないことに思えた。

 話を聞いて、私や従業員につらく当たる理由がわかった気がした。店長は平塚さんに裏切られた経験から、周囲を信じることができなくなっているのかもしれない。

「そんなことないですよ」

 店長にかけられた平塚さんの行動や言葉は、いばら姫の指に刺さった針のように私には感じた。店長は平塚さんの呪いにかけられている。守口さんの「呪いともいえるような言葉で苦しめられている人たちがたくさんいる」という言葉を思い出した。

 平塚さんの悪意のある呪いは今でも店長にまとわりついている。私は呪いを解く方法がないか思案した。

「……平塚さんがどんな立場の人でもそんなの気にしない方がいいですよ」

 やっとの思いで口にした言葉は、相変わらず不器用だった。これでは全然伝わらない。

「若月さんが俺と一緒の経験をしたら同じことは言えないと思うよ」

 店長の言うことはもっともかもしれないが、反論せずにはいられない。

「誰かの主観の入った言葉に惑わされないでください。苦しくなるだけです。客観的に自分を見つめることができれば平塚さんの言うことなんて小さなことです」

 店長は空になった紙コップを潰すとゴミ箱に捨てる。紙コップがゴミ箱の底にぶつかるかすかな音がした。



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REVIEWS

評価

12344

良いと思うところ

佳歩ちゃんの、真剣な〝おまじない^ ^″が笑いを誘いました(笑)
佳歩ちゃんらしいわーーなんて。でも誠意が店長に伝わった感がして、思いもよらないことされると魅力感じます(^^)

店長、本当は優しい心の持ち主だったのですね。そんな過去があったのなら、傷を引きずり続けるの分かる気がします。キツイことだけれど、あることだなあと。

【問題解決技法】とても丁寧な説明でした。こうやって落ち着いて一つ一つ整理していければ、挫けそうになっても、、、やる気に変えられそうです(^^)
佳歩ちゃんの心に光が差す感覚が伝わり、良かったです!

良くないと思うところ

忙しくて時間に追われて、ぐったりの時には、どうやって落ち着いて解決リストにじっくり取り組めるだろうか、と思います。。。

Shiho☆
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みかん
コメントの評価

評価

11234

良いと思うところ

会社も店長も佳歩も、みんな辞めればいいのにと思うけど、辞めないで原因を探れば、解決法が見えてきて、会社も店長も佳歩も今より良くなるのかも…
それならば、辞めない方が良いのかもしれない…

良くないと思うところ

店長がふてくされて仕事している理由なんてどうでもいいし、そのことで店員の士気を下げ、雰囲気を悪くしていることが全て。
会社がなぜ店長にしておくのか、店長はなぜ会社を辞めないのか、全くわからないし、佳歩が店を辞めない理由付けも弱い。
①~⑦までの〈問題解決リスト〉は、読む気がしない。今回は一番、読むのがしんどかった。
「逃げるは恥だが役に立つ」という諺の方が、説得力がある。

かおり
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