心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第9話

 家に帰る足取りは重かった。大山さんと村上くんの顔が頭から離れない。

 長く働いてくれているふたりは、アルバイトのスタッフだが店に欠かすことのできない存在だ。このまま働き続けたら、本社から正社員にならないかと声がかかるかもしれない。ふたりから辞めたいと打ち明けられたとき、私は動揺しながらも説得した。

 店長も含めて話し合いの時間を作ることを約束した。ふたりには辞めてほしくない。職場環境がよい方向へ変わろうとしている過渡期なのだ。働きやすくなれば仕事を続けようと考え直してくれるだろう。

 明日、店長に相談しよう。貴重な人材がいなくなるのも従業員の人数が減るのも困る。店長と一緒に、大山さんと村上くんを説得して引きとめるのだ。

 店長と業務分担の話をしたあとの心地よい気分はどこかに吹き飛んでしまっていた。「困惑 80点」と気分の点数をつけていると、自宅に着いた。沈んだ気持ちのまま、私は鍵を開けた。

「で? 俺が説得すればいいの?」

 翌日、大山さんと村上くんのことについて相談すると、店長は不機嫌になった。その態度に思わず「困惑 100点」と心のなかで呟く。「店長のせいじゃないですか」という言葉を飲み込んだ。

「お願いできませんか?」

 恐る恐る頼んでみるが、店長の表情に変化はない。私は店長の返答を待った。

「……わかった」

 その返事にホッと安心した。しかし、まだ伝えなければならないことがある。私の言い方ひとつで状況はガラリと変わる可能性があるので慎重に言葉を選ばないといけない。

 吐くのは9秒、吸うのは6秒と9696(グルグル)と数回深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

「……少し言いにくいんですけど、聞いていただきたいことが……」

「何?」

「実は大山さんと村上くん、怒られることに慣れてなかったみたいなんですよね。なので、優しく話してもらえるといいかな、と」

 気分屋の店長のせいで、とは言えるはずもないのでやわらかい表現にしたつもりだ。

「俺、ふたりを怒った記憶ないんだけど」

 思案した顔で店長は言った。「よく感情的になっていましたよ」と言いたい気持ちもおさえる。

「普段、怒られることになれていないと、たまに厳しく言われたりしたことが印象に残ったりすることもありますし。私があまり強く言えない代わりに、店長が厳しく声をかけられていたこともあったので」

 いつ地雷を踏むかわからないやり取りに、心臓の鼓動が激しい。店長の耳元まで届いているのではないかと思うくらい大きな音だった。

「そうか。わかった。今日、ふたりは出勤日だっけ?」

 店長が答えるまでずいぶん長い時間が経ったような気がした。ふたりの説得を了承してくれたことに安堵する。

「大山さんは休みです。明日、ふたりとも勤務なので閉店後とか時間作れませんか?」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます。ふたりにも伝えときますね」

 よかった。まずは第一ミッション終了だ。あとは話し合いがスムーズに進むように三人の間を私がうまく取り持てばいいのだ。職場の環境をよくするためにはここを乗り切るんだ、と心に固く誓った。



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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

新しく展開されたのはいいと思いました。

良くないと思うところ

ヒロインは、なぜこんなにも会社が良くなるようがんばっているのだろう?…と考え、ひょっとして、出資者の一人なのかもしれない…と今は疑っています(笑)

かおり
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