心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第9話

「若月さんの気持ちはわかりました」

 大山さんがはっきりとした口調でさえぎった。室内の空気が若干張りつめる。

「店長がどう思っているか教えてもらいたいんですけど」

 辞めたい原因は店長なので、私だけの言葉では同意できないのかもしれない。

「村上くんもそうでしょう?」

 大山さんは納得しない様子で店長を見つめたまま、声をかける。

「え? う、うん」

 村上くんは大山さんの強い物言いに調子をあわせた。

 ここで店長が口を開いたらあまりよい展開になるとは思えない。私は不安な思いを隠して隣を見ると、案の定、店長は不機嫌な顔をしていた。

「……俺も若月さんと同じ気持ち。それでいいでしょ」

 不愛想な店長にふたりが刺激されたのは言うまでもない。四人の間に暗雲が立ち込める。話がまとまりかけていたのに……。そう思っていたのは私だけなのかもしれないけれど。

「よくないですよ」

 村上くんは強い口調になった。

「大山さんが真面目に聞いてるんですから、真剣に答えてください。俺らここにくるの、すげー勇気必要だったんですから」

 村上くんはまっすぐな視線を店長に送った。村上くんの言うととおりかもしれない。ふたりが私のところにきたことも決心のいることだったのだろう。ふたりともアルバイトのスタッフだが大山さんは五年、村上くんは四年勤務してくれているのだ。そのふたりが退職の話をするなんて、よっぽどの決意があったのではないだろうかと私は今さらながらに思った。

 店長にもふたりの思いが伝わっていますように……。祈るような気持ちで再び店長を見ると顔つきは変わらないままだった。

「だから、さっきも言ったとおりだって」

 吐き捨てるように話す店長を大山さんは睨みつけた。これ、まずいかも。

「そうやって周りの人を店長の気分で振りまわすのやめてくださいよ」

 まくしたてるように大山さんが言った。室内の空気が緊迫してはちきれそうだ。

「俺がいつそんな態度取ったよ?」

 店長も攻撃的な言い方で大山さんを責める。

「気づかないんですか? 今だって若月さんが店長の機嫌をずっと取りながら話を進めていたんですよ」

 大山さんは興奮した様子で続けた。

「俺はそんなの頼んでないから。勝手にやってることだろう」

 そのとおりなのだが、店長の発言は火に油を注ぐようなものだ。私はこの場をおさめようと考えるが、うまい言葉がみつからない。

 荒い呼吸で店長をにらむ大山さんに、村上くんが「大丈夫?」と声をかけて落ち着かせようとしていた。店長はふたりを睨みつけ、私は何もできず固まったままだった。

 誰もが何を発言していいのかわからないのではないだろうか。全員がしばらく黙ったままだった。私は視線を下に落とした。店長、大山さん、村上くん、私の靴が円を作っている。みんな表面が汚れていた。店内を歩き回って一緒に働いてきたのだ。しかし、今それぞれのつま先は違う方向をさしていて、話し合いのまとまりのなさを示しているようだった。

「俺、帰るわ」

 店長は、乱暴にドアを開けて力任せに閉めて出ていった。

 私と大山さん、村上くんが室内に取り残された。しばらく三人とも座ったままだったが、村上くんが立ちあがった。

「俺らも行こうか」

 大山さんが声をかけられて頷いた。去っていくふたりに何か声をかけないと。考えをグルグルと巡らせた。

 私より先に村上くんが振り向いた。

「話し合いする意味、あったんですかね?」

「……ごめんなさい」

 村上くんの問いかけに私は謝ることしかできなかった。うまくまとめられなくてすみません。不快な思いをさせて申し訳ない。謝る言葉が次々と浮かんだ。

「この間から思ってたんですけど……」

 村上くんが言いにくそうに話す。

「若月さん、本当に俺らの気持ちわかってます? 今日もうまく話をまとめることしか考えてなかったんじゃないですか? 店長と俺らのご機嫌取ってどっちつかずじゃないですか」

 返す言葉が見つからなかった。

「……失礼します」

 村上くんと大山さんは頭を下げて挨拶すると出ていった。



好きを送るためにログインしよう!

REVIEWS

評価

12334

良いと思うところ

新しく展開されたのはいいと思いました。

良くないと思うところ

ヒロインは、なぜこんなにも会社が良くなるようがんばっているのだろう?…と考え、ひょっとして、出資者の一人なのかもしれない…と今は疑っています(笑)

かおり
まだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価

ページトップに戻る