心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第9話

 自宅に帰ってからも、去り際の村上くんの言葉が頭から離れなかった。大山さんと村上くんの店長に対する思いはわかっているはずだ。少し前まで自分もまったく同じことで悩んでいたのだ。

 店長のことも角の立たない形で解決できるように接してきたのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。

 以前の状況に戻ってしまった。いや、もっと険悪な環境になってしまったのかもしれない。客観視できるようになっても結局今までと変わらないではないか。

 辞めてしまおうか……。久しぶりに沸き起こった感情だった。がんばってきたことはすべて無駄だったのだ。情けないと打ちひしがれていると、鼻の奥から目頭へと熱いものがこみあげてきた。奥歯を噛んで泣くのを我慢しようとするが、涙があふれてきた。こらえきれずにすすり泣く。ぬれた頬を手でふきながらこの感情の名前を探した。

 「無力感 100点」だ。無意識に点数をつけてしまった、と習慣化した思考が憎らしかった。

      *      *      *      *      *

 守口さんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。しかし現在、その表情は私を憂鬱にさせている。認知行動療法を実践しても、変化のない現状につらさを感じているせいだろう。

 店長たちとの話し合いから一週間が経った。今日は以前から予約をしていたので守口さんの家を訪ねることになっている。状況を改善する手立てがなくなった、と感じているので気が進まない。カタツムリ日記もほとんど手をつけていないので見せるのも気が重かった。

「大丈夫ですか?」

 向かいに座っている守口さんが心配そうに私を見ていた。

「浮かない顔していますよ」

 優し気な声に、職場の現状を全部話してしまいたくなった。思えば初めてこの家を訪ねたのはカタツムリンの置時計を届けたときだった。仕事中にもかかわらずポロリとグチをこぼした私に対して、守口さんは温かい言葉をかけてくれたのだ。今の私が一番望んでいることは、むなしい思いを受け止めてもらうことだった。

「……グチを言ってもいいですか?」

「もちろん。喜んで」

 ポロリとこぼれ落ちた私のつぶやきを守口さんは拾いあげてくれた。私は先週の出来事を話しだした。店長のこと、大山さんと村上くんのこと、そして話し合いを行ったがうまくいかなかったこと。休みなく話し続ける私に守口さんは最初ときと同じように相づちを打ち、絶妙のタイミングで共感を示してくれた。


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評価

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良いと思うところ

新しく展開されたのはいいと思いました。

良くないと思うところ

ヒロインは、なぜこんなにも会社が良くなるようがんばっているのだろう?…と考え、ひょっとして、出資者の一人なのかもしれない…と今は疑っています(笑)

かおり
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