心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第10話

「辞めるって……。いつ決めたの?」

 思いがけない告白に私は面食らった。みのりちゃんと従姉妹会をしている喫茶店で向かい合っていた。

「上司に伝えたのは先週かな」

 みのりちゃんはカップを手に取りコーヒーを一口飲んだ。

 昨日、守口さんの家から逃げるように帰ったあと、私は守口さんにひどいことを言ってしまったことを思い返し後悔した。誰かに話を聞いてもらいたくてみのりちゃんに連絡すると、久しぶりに従姉妹会でもしようということになった。

「冗談じゃなくて?」

「まさか。今回は本当」

 あれほど仕事が好きだったみのりちゃんが退職を決めるなんて。これまでも「辞めたい」と口にすることは何度もあったが、本気ではなくグチとしてストレス発散のためにあえて使っていた言葉だった。

「辞めてどうするの?」

「以前一緒に働いていた人が別のコールセンターに勤務してるんだけど声かけてくれて。面接を受けてみようと思ってる」

「旦那さんはなんて?」

「それがさ、反対してるのよ。今の職場より通勤時間がかかるから、帰りも遅くなるだろうって。まだまだ説得しないといけないことがたくさんあるんだけどね」

 みのりちゃんは退職や再就職に向けて乗り越えなきゃならない壁が残っているのにもかかわらず明るい声だった。笑顔で話す姿がうらやましい。そうか、みのりちゃんは一歩、いや何歩も先に進んだのだ。

 みのりちゃんと比べて私はどうだろう。後退しているようにしか思えない状況にむなしさを感じ、何もかも投げ出したくなった。

「……私も辞めたい」

「そうなの?」

 みのりちゃんが私の顔を覗き込んでいた。

「何?」

「佳歩、辞めたいって言ったから」

 みのりちゃんに指摘されて、無意識で口にしていたことに気づく。

「私もみのりちゃんみたいに楽になりたい」

「……グチ聞くよ」

 みのりちゃんの優しい声をきっかけに、私は職場の出来事を吐き出すように話した。いつもなら話の途中でみのりちゃんが間に入って意見を言うのだが、今日は最後まで何も言わずに聞いてくれた。

 私は話し終えてコーヒーに口をつけると、一気に飲み干した。

「ありがとう。聞いてくれて」

 みのりちゃんはほほえんで首を横に振った。

「私もひとりだったら辞める決心つかなかったと思う。佳歩がきっかけなのよね」

 自分が何をしたのか身に覚えがないので不思議に思っていると、みのりちゃんはクスリと笑った。

「佳歩が守口さんを紹介してくれたから、今こうして落ち着いているんだよ」

 一番聞きたくない名前だった。

「でも、グチを聞いてくれただけでしょう?」

 動揺を隠しながらみのりちゃんに尋ねた。

「そんなことないよ。認知行動療法を教えてもらったじゃない」

 その言葉も、守口さんとのやり取りを思い出すので口にしてもらいたくはなかった。

「でも、自分の気持ちだけしか軽くできないじゃない。現状は変わらないから結局は気休めって感じがする」

「佳歩がそんな否定的なことを言うなんてめずらしいね」

 職場での話し合いを行ってから、結局は何をしても意味がないという思いが心の中を占めていた。

「認知行動療法は私にはあってなかったみたい」

「そんなことないんじゃない?」

 みのりちゃんはなだめるように私に声をかけると、転職を決意するまでのことを話してくれた。

 守口さんから認知再構成法を教わったあと、みのりちゃんは上司に対する態度を改めた。感情的にならないように冷静でいることを心掛け、上司との関係も改善できるように努めた。しかし、ことはうまく進まなかった。

「私と同じで変化はなかったってことでしょう?」

「そうなんだけどね」

 みのりちゃんが「自分の気分を軽くするだけでは解決できない」と打ち明けると、守口さんは自分の気持ちをコントロールしても、状況によっては対応しきれないこともあると言った。その場合、問題の原因が環境にあることが多く、個人の変化だけでは対処が難しい。大切なのは、今の居場所は自分にふさわしいのかを冷静に判断してより良い方法を見つけることだ、とみのりちゃんは守口さんから説明された。みのりちゃんの状況にはバランスシートの活用が有効ではないか、と勧めてくれたそうだ。

「どうしたらいいか迷っていることに対して、思いつく限りのメリットとデメリットを書いていくの。ふたつを見比べてどちらが多いか比較することが、意思決定の手助けになるって」


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REVIEWS

評価

12345

良いと思うところ

守口さんに対する態度も副作用だったのだなぁと。
佳歩ちゃんのこれから、未知数だけれど周りから信頼される、頼りにされる人になるのだろうな、それで佳歩ちゃんはまた悩む、、、の繰り返しなんだろうなぁと、でも守口さんの教えで今より楽天的に進められると確信が持てました(^-^)

佳歩ちゃんの 〝七転び八起き〝的な感情の日々に勇気づけられました。

一呼吸おいて、まずは自分が冷静になることの大切さ、認知療法、自分にとってじわじわとした原動力になっていくと思います ^ ^

どうもありがとうございました。単行本楽しみにしています ‼︎(*^▽^*)

良くないと思うところ

みのりちゃんの選択肢、、、みのりちゃんの立ち位置ならばそうなのでしょうね。

Shiho☆
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コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様

コメント嬉しいです!
Shiho☆様のコメントにいつも励まされていました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!
単行本になるように頑張ります。

2018年11月15日 17時6分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

11234

良いと思うところ

とにかく書いてる、書けてるところ。

良くないと思うところ

「季語」のようなものが入っていればいいなと思いました。(また従姉妹会か…)とため息が出ますが、そこに行くまで涼しい風が吹いていたり、窓から紅葉が見えたりしたら、以前の従姉妹会との時間の隔たりが感じられるでしょう。

登場人物に好きな人がいません。

ヒロインが店寄りの人間で、共感できません。

まずは従業員の味方をして、店長を辞めさせようとして対決して、そこから店長なりの理由も知り、店長にやる気を出させていくとか、そういう展開ならまだわかりますが…

店長なりの理由はあるのですが、店長のやっていることはただのわがままであり、何の関係もない従業員に、嫌な思いをさせていいとは思いません。

今回ラストということですが、途中で読むのをやめてしまいました。

例えば、「従姉妹会」ならそれをイメージしながら読みたいので、もうちょと、どんな場所でやってるのかとか、天気はどうなのかとかを、書いてほしいです。

かおり
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コメントの評価

 著者からの返事

かおり様

いつも貴重なご意見をくださり本当に有り難いです。
これからも精進いたします。
コメントありがとうございます!

2018年11月15日 17時10分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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