心理学グチからはじめる認知行動療法

グチからはじめる認知行動療法 第10話


 みのりちゃんが差し出した用紙には、メリットとデメリットにわけた書き込みがあった。

「これで転職を決めたの?」

「すべてを頼ったというわけじゃないけれど、背中は押してもらったよ」

 みのりちゃんの目に迷いはなかった。

 自宅に帰ってきてバランスシートを作成することにした。真っ白い紙の上に横書きで「テーマ」と書いてその横に書き込めるスペースを作った。その下の空白の真ん中に一本の線を縦に引く。左半分に「メリット」、右半分は「デメリット」とそれぞれ端に小さく書いた。シンプルな構成なので紙さえあれば簡単に作れる。

 私もバランスシートを使って仕事を続けるか考えてみよう。みのりちゃんからバランスシートについて教えてもらったとき思っていたことだ。会うたびに「転職したい」と言っていたみのりちゃんが、重い腰をあげて行動に移したのだ。私も同じように前進したい。そのためには普段できないような大きな決断をすることが必要だ。

 転職なんて人生を変えてしまうような出来事は、ひとりでは決心がつかない。バランスシートはその手助けをするうってつけのものだと思った。

 いざ書こうとして手をとめた。今、悩んでいることはバランスシートで解決することなのか。

 みのりちゃんは上司との関係を修復できず、環境を変えることができなかった。仕事を続けるか、転職するかの二者択一だったのだ。退職しないメリットが多ければ、みのりちゃんは今の会社に居続けたのかもしれない。職場を変える方がみのりちゃんにとってメリットが多かった。

 私はどうだろう。今考えることはこの二択だけなのだろうか。今回、辞めたいと思ったきっかけは何だったのだろうか。

 大山さんと村上くんが店長の気分の波に耐えきれず退職したい、と相談してきたことがはじまりだった。話し合いが決裂して、すべてが振り出しに戻ってしまった感覚があるが、八方ふさがりになってはいない。

 転職する、の他にも、店長や従業員のことは気にせず働き続ける、大山さんと村上くんを説得する、店長に感情を落ち着けてもらえるようにお願いする、と様々な選択肢が浮かんだ。

 こんなに多くの道があるなら、答えを導き出す方法はいくつかあるのかもしれない。今の状況にあったものを見つけ出したい。

 どのような手段があるのか考えを巡らせる。思いつくものはすべて守口さんから教わった認知行動療法だった。数時間前まであんなに否定していたのに、自分の都合のよさにあきれてしまう。

 みのりちゃんの話を思い返した。認知行動療法は気分を軽くするだけでなく行動を起こす勇気をくれるのかもしれない。みのりちゃんは自ら行動して現状を改善しようとしている。

 私はカタツムリ日記を手に取った。ページを一枚めくるごとに、記入した当時の感情が思い出された。最初は店長が接客中に間違った商品の説明をしていた状況に対して、アセスメントシートを作成したのだ。うまく店長とコミュニケーションが取れない自分が情けなくて、〈気分を表す言葉のリスト〉からつらい気分を選択して高い点数をつけたのを覚えている。

 記録から自分の状況を振り返ることができる。認知行動療法をはじめた当初は記録することが負担になっていたこともあった。しかし、こうして悩んでいるときに読み返すことができるのはとても意味のあることだ。

 読み終えて、今の私に必要なのは冷静になることだと思った。昨日の守口さんとのやり取りでは感情的になっていたのかもしれない。気持ちを整理すれば、何が最善な方法かわかるだろう。まずはこの間の話し合いのことについて、アセスメントシートに取り組もう、と用紙にペンを走らせた。

 書き込んでいく音とカタツムリンの置時計の秒針の音が部屋に心地よく響いていた。

      *      *      *      *      *


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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

守口さんに対する態度も副作用だったのだなぁと。
佳歩ちゃんのこれから、未知数だけれど周りから信頼される、頼りにされる人になるのだろうな、それで佳歩ちゃんはまた悩む、、、の繰り返しなんだろうなぁと、でも守口さんの教えで今より楽天的に進められると確信が持てました(^-^)

佳歩ちゃんの 〝七転び八起き〝的な感情の日々に勇気づけられました。

一呼吸おいて、まずは自分が冷静になることの大切さ、認知療法、自分にとってじわじわとした原動力になっていくと思います ^ ^

どうもありがとうございました。単行本楽しみにしています ‼︎(*^▽^*)

良くないと思うところ

みのりちゃんの選択肢、、、みのりちゃんの立ち位置ならばそうなのでしょうね。

Shiho☆
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コメントの評価

 著者からの返事

Shiho☆様

コメント嬉しいです!
Shiho☆様のコメントにいつも励まされていました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!
単行本になるように頑張ります。

2018年11月15日 17時6分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
評価

11234

良いと思うところ

とにかく書いてる、書けてるところ。

良くないと思うところ

「季語」のようなものが入っていればいいなと思いました。(また従姉妹会か…)とため息が出ますが、そこに行くまで涼しい風が吹いていたり、窓から紅葉が見えたりしたら、以前の従姉妹会との時間の隔たりが感じられるでしょう。

登場人物に好きな人がいません。

ヒロインが店寄りの人間で、共感できません。

まずは従業員の味方をして、店長を辞めさせようとして対決して、そこから店長なりの理由も知り、店長にやる気を出させていくとか、そういう展開ならまだわかりますが…

店長なりの理由はあるのですが、店長のやっていることはただのわがままであり、何の関係もない従業員に、嫌な思いをさせていいとは思いません。

今回ラストということですが、途中で読むのをやめてしまいました。

例えば、「従姉妹会」ならそれをイメージしながら読みたいので、もうちょと、どんな場所でやってるのかとか、天気はどうなのかとかを、書いてほしいです。

かおり
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コメントの評価

 著者からの返事

かおり様

いつも貴重なご意見をくださり本当に有り難いです。
これからも精進いたします。
コメントありがとうございます!

2018年11月15日 17時10分 花田 麻衣子
花田 麻衣子
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