仕事幸福真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル

真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル 第1話

 【真理】1.いついかなるときも変わることのない法則や道理。正しい物事の筋道。2.女性の名前。まり。


 山咲真理は戸惑っていた。

 目の中に人工物を入れるのが初めてだったということもあるが、ヘルメットとコンタクトレンズにしか見えない代物を装着しただけで別世界に転送されるという仕組みがどうしても理解できなかった。ただ、還暦を超えた彼女が日進月歩で進化するテクノロジーについて丁寧に説明を受けたとしても、その断片ですら把握することはできなかっただろう。

 「相沢せんせ……」

 真理はたまらずに口を開いた。

 「どうされました?」

 白衣姿の相沢は、肌の色や、頭髪、眉毛に至るまで真っ白の顔を真理の方に向けた。

 ただ、ソファに横たわる真理の目に、相沢の姿は映っていない。

 彼女が見ているのは仮想世界の入り口の光景であり、まるでテーマパークのアトラクションの説明を受ける待合室にいるような気持ちで周囲を見回していた。

 真理は、床に映し出されている文字を興味深そうに眺めながら言った。

 「この、オレンジ色で書かれている標識のようなものは何でしょうか。バック・トゥ・ザ・フューチャー……ターミネーター……時を駆ける少女……まどか☆マギカ……それと緑色の文字でマトリックス……」

 「転送の演出です」

 相沢は淡々とした口調で続けた。 

 「世代別に人気のあった映像作品のタイトルが並んでいます。転送の際にご希望の演出を選択することが可能です」

 耳に直接響いてくる相沢の言葉を聞きながら、ターミネーターのように転送される自分の姿を想像してみた。

 高校2年の秋、16歳の自分が帰宅すると、全裸の66歳の老女が煌々とわきたつ煙と共に現れるのだ。

 (……だめだ。不気味すぎる)

 真理は、標識を踏まないように注意しながら数歩歩いてみた。普段の腰の痛みがない分、歩くのが楽に感じられる。それでも、若いころの軽やかな足取りからは程遠い。

 「他に何か気になる点はございますか」

 相沢にそう聞かれると、真理の頭には真っ先に思い浮かぶことがあった。すでに何度も説明を受けてきた内容だったが、あきらめきれない思いが口をついて出てしまう。

 「やはり、自分の若いころに戻って人生をやり直す、ということはできないのでしょうか?」

 相沢は、特に面倒がる様子もなく、これまで何度も繰り返した内容を最初から話し始めた。

 「その行為はサイバー法で禁じられています。現実の再現度が99.89%以上の仮想空間で50歳以上も年の離れた自分の人生を体験してしまうと、現実に戻ったときに心の障害を引き起こすケースがあります。たとえば……」

 相沢は、仮想空間での経験によって引き起こされた精神疾患の例を一つ一つ並べ始めた。

 ――期待はしていなかったが、人工知能の融通の利かなさにため息が出る。相沢の説明をうわの空で聞きながら、人工知能を搭載したアンドロイドは相沢とか哀川とかAI(アイ)が含まれる名前が多いのは単なる偶然なのだろうかとぼんやり考えていた。

 「ご安心ください」

 相沢はわずかに口調を強めた。心臓の鼓動や血液中のノルアドレナリン濃度の変化で、真理の感情の揺らぎを察知したようだ。

 「過去の自分に対して生き方を指導することは、現在の考え方や価値観の歪みを解消する上で大きな効果があることが証明されています」

 「でも……」

 納得できない気持ちが、疑問を増幅させる。

 「突然、目の前に現れて『私は未来から来た、将来のお前だ』と言ったところで、16歳の私は信じるものでしょうか?」

 真理の質問に相沢は質問で返した。そうした方が効果的だと判断したのだろう。

 「ご自分が16歳のとき、そんな状況に遭遇したらどう感じたと思いますか? むしろその状況を信じたくはありませんでしたか?」

 遥か昔、若かりしころの自分を思い出してみる。確かに相沢の言うとおり、アイドルになることを夢見ていた高校時代の自分は、ある日突然ドラマやアニメで見るような非現実的な世界に巻き込まれる妄想ばかりしていた気がする。

 相沢は続けた。

 「繰り返しになりますが、『役割語』の使用を考えてみてはいかがでしょう。普段からフィクションの世界になじみのある思春期の少年少女は『役割語』の方が受け入れやすく、また、使っている本人も『未来から来たという設定』に入り込みやすいことが実証されています」

 この話は何度聞いても苦笑いをこらえ切れない。

 『役割語』というのは、アニメや映画などのフィクションの世界にしか存在しない言葉で、たとえば『老人語』の場合、自分のことを「ワシ」と呼び、語尾に「じゃ」をつける言葉を指す。実際にそんな風にしゃべる人はいないから『役割語』と呼ばれるわけだが、最初に説明を受けたときは、

 「では練習してみましょう。『私は50年後のあなたです』を老人語で言ってみてください」

 と言われ、

「ワシは50年後のお前じゃよ」

と口にした瞬間、恥ずかしさで唇が痺れるような思いをしたのだった(しかも相沢から「『お前』を『お前さん』にすることでさらに雰囲気が出ますよ」などと懇切丁寧な指導まで受けた)。

そのときのことを思い出して軽い寒気を感じた真理は、「『役割語』の説明を繰り返しますか?」という相沢の質問に、あわてて首を横に振る。

 「それでは」

 相沢が指を動かすと、真理の目の前に横幅15センチくらいの半透明のパネルが浮かび上がった。

 相沢は言った。

 「私のナビゲートはここで終了となります。仮想空間で起きる問題への対処法や過去の自分への指導法はすべてそちらに書かれてありますので参考にしてください」

 真理の目に映っている映像が徐々に揺れ始め、その振り幅がゆっくりと大きくなっていった。視界がどんどん変化していく中で、相沢の声だけが変わらぬ調子で続いていた。

 「もちろん、『仮想』という呼び名はありますが現実とまったく同じ世界と言えますので、予想外のことは頻繁に起きるでしょう。しかし、その経験も含めてカウンセリングだとお考え下さい。それよりも大事なことは――」

 相沢は、その言葉が真理の心に届くように、しっかりと間を置いてから言った。

 「過去の自分に対してウソを言ったり、彼女の前で自分を取り繕ったりしないことです。このことは決して忘れないでください。今からあなたが会う相手は他の誰でもない――自分自身だということを」

 相沢が転送を開始すると、現実世界でソファに横たわる真理の体が一瞬ビクンと動いた。

 相沢は、宙に浮かぶ透明のディスプレイで真理の脳波と身体の状態を確認しながら、最後の一言を口にした。

 「それでは、大きな気づきのある旅を。いってらっしゃいませ」

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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

16歳の話はおもしろくて、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。

良くないと思うところ

「66歳のヒロインが16歳の自分に会いに行く」という冒頭が、イメージしにくく、ここで読むのをやめてしまう人がいるのではないかと危惧しています。
「16歳の話」から始めて、おばあさんが登場してから冒頭の部分にもっていった方が、良くないでしょうか?

2017年12月22日 2時39分 カヲリ
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 著者からの返事

感想ありがとうございます。
冒頭の状況、もっと分かりやすくする可能性を考えてみます。また、冒頭が前編の最後で大きく影響してくるのでそこを見てもらってからご意見さらにいただけたらうれしいです!引き続きよろしくお願いします。

2017年12月23日 5時32分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

水野さんのテンポがよく出ていて、水野さんの昔からのファンはどんどん引き込まれていくと思います。

良くないと思うところ

水野敬也初心者の人が読むと、「タイムとラベルで昔の自分を指導する」設定がわりと普通で、そのわりには少しわかりにくいので、物語に入り込む前に終わってしまいそうな気がします。

2017年12月25日 13時51分 有村信一郎
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島津
コメントの評価

 著者からの返事

なるほど、やはり冒頭には工夫が必要だということですね。
ありがとうございます!

2017年12月26日 23時52分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

話のテンポも内容の水野さんらしさも最高です
冒頭の人工知能の相沢で「神様に一番近い動物」に出てきた相沢を思い出してクスッとしてしまいました
これからどう話が広がるか楽しみです

良くないと思うところ

(明確に「悪いと思う点」という欄がレビューに設けられているサイトのシステムに驚いてますが…)あえて書くなら人生に悔いを残した66歳のおばあちゃんの言葉、助言に説得力があるのか現時点でまだ分からないのでこれからどうなるのか気になります

2017年12月25日 16時56分 チョコ
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 著者からの返事

助言の説得力については2章で出てきます。そこで新しい手法を取っていますが説得力が出ているか検証いただけたらうれしいです!

2017年12月26日 23時53分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

ターミネーターのように全裸で登場する老婆やアイドルの格好で納得する老婆に突っ込みを入れる女子高生等のイメージしやすい笑い、ギャグの要素は読んでいて面白かったです。

良くないと思うところ

主人公が女子高生なのか、老婆なのかがわかりません。両方ともにあまり差のない量の説明や感情の描写をしてしまうと少しくどいと思います。全体的に説明が多い気も。そのせいで面白いところはテンポがいいのに、説明のところで急に足元がもたつくように感じます。そこはもっとさらっとでいいんじゃないか…と思うところがありました。あとは読み手(ターゲット)をどこに設定しているのだろう?とも思いました。これから人生を切り開いていく若い方なのか、自分の人生を振り返って、もし過去に戻れるのなら…と一度は考えたことがある大人なのか。水野さんのスパルタ婚活術を大変面白く読ませて頂きましたが、あの本はターゲットが「アラサー婚活女子」とピンポイントに明確でしたので、書かれていることも単純明快、的を射ていると思いましたが、この物語は誰に向けたものなのかが不明で、それゆえに物語に説得力を感じず、心を掴まれる程ではなかったです。
老婆の方がキャラクターが定まっていないようにも感じました。第一話後半の語りの部分とか。話を展開するために作者の言葉を喋らされてる感があります。本当の彼女ならこんなこと喋らなそうだなと思いました。

2017年12月26日 10時0分 山重彩
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 著者からの返事

丁寧な感想ありがとうございます。
老女のキャラは確かにそうですね。もう少しミステリアスな雰囲気を持たせてもいいかもしれません。設定としては老女はタブレットに書かれてある内容に従って16歳の真理を育てているのでそのあたりをふくらませることで老女の人間らしさがでるかもしれないですね。ただ同時に、実用を入れる上で老女は「権威」でもある必要があるので自信を持っててほしいというのもあって、、、。章が進んでから振り返ってみます。

2017年12月26日 23時55分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

相変わらず面白いのと!それ以上に、現実を変えてくれる言葉がメインで進んでいくような。普通の小説じゃなくて。実用書だなぁと。先生らしくていいと思います◎
また、場面で各々にハッキリした色があるので(他の方が書いた作品に比べて、ちょっと読むモノにしては長いけど〜)単調にならず、最後まで一気に読めます。特に、16歳の真理ちゃんのキャラが事細かく描かれてるのは、さすがでした(笑)

良くないと思うところ

冒頭の真理が、人生が終わるような66歳のおばあちゃんだということが、何度読んでもイメージしづらく。どうしても、物足りなさを感じながら読み進めます。16歳の真理ちゃんはあんなに伝わってくるから〜ギャップがありすぎて(笑)最初から、真理ちゃんは真理ちゃんで居てほしいというか。んーなんというか。

2017年12月26日 15時7分 takamin
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 著者からの返事

なるほど。それはその通りですね。16歳の真理の延長線上で66歳の真理がいるのだから、真理っぽさ、もっと言うと、真理が取りそうな笑いの行動は冒頭に含ませるべきだと思いました。ありがとうございます!!!

2017年12月26日 23時57分 水野敬也
水野敬也
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