*
最寄り駅の改札口を出た瞬間、
(うおぉぉぉ!)
我慢しきれなくなった私は走り出した。
早く家に帰って、あかりんの本を読み返したい。あかりんの踊る動画を見たい。あかりんのたどった軌跡を再確認したい。そして私はあかりんみたいになって、みんなの注目と拍手喝さいを浴びる、あの輝けるステージに向かうのだ。
街灯に照らされたアスファルトの上で、ローファーがカッカッカッと音を鳴らす。
9月の涼しい風の中を、火照る体で駆けていく。
こんな風に走るのはいつぶりだろう。幼いころはいつも走っていた。周囲の視線なんかどうでもよくて、ただ、一秒でも早く好きなものにたどりつきたかった。
私は、まるであのころに戻っているような――できないことなんか一つもなくて、世界のすべてが自分の味方だったころに戻っているような――気持ちに包まれながら走り続けた。
「ただいま!」
玄関の戸を勢いよく開け、靴を放り出すように脱ぎ捨てて廊下のすぐ脇にある階段に飛び乗った。
キッチンの方から「ご飯できてるわよ」とお母さんの声が聞こえてきたが、「あとで!」と言いながら駆け上がっていく。
2階に到着した私はその勢いのまま部屋に向かったけれど、ドアノブに伸ばした手を止めた。
(うわ、何だこれ……)
部屋のドア隙間から、白い煙が流れ出て廊下を漂っていたのだ。
(え? 何なの? 火事?)
指先でドアノブにちょんと触ってみる。熱くはない。このまま放置するわけにはいかないのでドアノブを掴んで回し、恐る恐る扉を開いた。
部屋の中から、煙がもわっと流れ出てくる。
ゴホッ、ゴホッ……
むせながら手を振って煙をよけ、部屋の中をのぞいた。
その瞬間、
「ぎゃぁぁ!」
視界に飛び込んできた光景に思わず大声をあげ、廊下の壁まで後ずさった。
部屋の中央に全裸の老女が座っており、その体から白い煙が煌々と立ち昇っていたのだ。
(イラスト)
(え⁉ 何これ⁉ どういうこと⁉)
壁に貼り付くようにして固まっていると、老女はゆっくりと立ち上がってつぶやいた。
「いかん。間違えて『ターミネーター』を選んでしまった……」
そして、こちらに振り向いて言った。
「何か、着るものある?」
「ひいぃぃぃ!」
私は叫び声をあげながら走り出し、階段を転がるように降りてキッチンに向かった。
「おば、おば、おば、おば、おば……」
シンクの前で作業をしているお母さんに状況を伝えようとしたが、喉が強張って言葉がうまく出てこない。振り向いたお母さんはぽかんとした顔で言った。
「どうしたの?」
口がうまく回らないので一度唾を飲み込み、右手で2階を指差して叫んだ。
「お化けがいる! お婆ちゃんのお化け! 全裸の!」
「なにそれ」
「だから! 部屋に全裸のお婆ちゃんがいるの! しかも、体から煙出してるのよ!」
するとお母さんは言った。
「そのお婆ちゃん、湯上りってこと?」
「ああ、もう! いいから早く来て!」
説明するより見せた方が良いと判断した私は、お母さんの手を引っ張って2階に向かった。
でもこのまま部屋に突入するのは危険すぎると思い、階段の途中で立ち止まる。足音を忍ばせてゆっくりと上り、最上段から顔を出してのぞいた。部屋の扉は開いたままだ。
お母さんの背に隠れながら恐る恐る進んでいく。
部屋から煙は漏れ出ていないようだったが、不安な私はお母さんの背中を押して言った。
「部屋の中、見てみてよ」
「もう、何なのよ……」ぼやきながらお母さんは部屋の中に入っていった。そして、すぐに「きゃっ!」と声をあげた。
「大丈夫⁉」
慌てて部屋の中に入ると、そこにはあきれ顔のお母さんが立っていた。
「ねぇ、どうやったらこんなに部屋を汚くできるの?」
そこは、服やDVD、漫画や雑誌が散乱しているいつもどおりの部屋で――先ほどの老女と部屋に充満していた煙は、跡形もなく消え失せていた。
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評価
良いと思うところ
16歳の話はおもしろくて、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。
良くないと思うところ
「66歳のヒロインが16歳の自分に会いに行く」という冒頭が、イメージしにくく、ここで読むのをやめてしまう人がいるのではないかと危惧しています。
2017年12月22日 2時39分 カヲリ「16歳の話」から始めて、おばあさんが登場してから冒頭の部分にもっていった方が、良くないでしょうか?
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著者からの返事
感想ありがとうございます。
2017年12月23日 5時32分 水野敬也冒頭の状況、もっと分かりやすくする可能性を考えてみます。また、冒頭が前編の最後で大きく影響してくるのでそこを見てもらってからご意見さらにいただけたらうれしいです!引き続きよろしくお願いします。
評価
良いと思うところ
水野さんのテンポがよく出ていて、水野さんの昔からのファンはどんどん引き込まれていくと思います。
良くないと思うところ
水野敬也初心者の人が読むと、「タイムとラベルで昔の自分を指導する」設定がわりと普通で、そのわりには少しわかりにくいので、物語に入り込む前に終わってしまいそうな気がします。
2017年12月25日 13時51分 有村信一郎1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
なるほど、やはり冒頭には工夫が必要だということですね。
2017年12月26日 23時52分 水野敬也ありがとうございます!
評価
良いと思うところ
話のテンポも内容の水野さんらしさも最高です
冒頭の人工知能の相沢で「神様に一番近い動物」に出てきた相沢を思い出してクスッとしてしまいました
これからどう話が広がるか楽しみです
良くないと思うところ
(明確に「悪いと思う点」という欄がレビューに設けられているサイトのシステムに驚いてますが…)あえて書くなら人生に悔いを残した66歳のおばあちゃんの言葉、助言に説得力があるのか現時点でまだ分からないのでこれからどうなるのか気になります
2017年12月25日 16時56分 チョコまだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価
著者からの返事
助言の説得力については2章で出てきます。そこで新しい手法を取っていますが説得力が出ているか検証いただけたらうれしいです!
2017年12月26日 23時53分 水野敬也評価
良いと思うところ
ターミネーターのように全裸で登場する老婆やアイドルの格好で納得する老婆に突っ込みを入れる女子高生等のイメージしやすい笑い、ギャグの要素は読んでいて面白かったです。
良くないと思うところ
主人公が女子高生なのか、老婆なのかがわかりません。両方ともにあまり差のない量の説明や感情の描写をしてしまうと少しくどいと思います。全体的に説明が多い気も。そのせいで面白いところはテンポがいいのに、説明のところで急に足元がもたつくように感じます。そこはもっとさらっとでいいんじゃないか…と思うところがありました。あとは読み手(ターゲット)をどこに設定しているのだろう?とも思いました。これから人生を切り開いていく若い方なのか、自分の人生を振り返って、もし過去に戻れるのなら…と一度は考えたことがある大人なのか。水野さんのスパルタ婚活術を大変面白く読ませて頂きましたが、あの本はターゲットが「アラサー婚活女子」とピンポイントに明確でしたので、書かれていることも単純明快、的を射ていると思いましたが、この物語は誰に向けたものなのかが不明で、それゆえに物語に説得力を感じず、心を掴まれる程ではなかったです。
2017年12月26日 10時0分 山重彩老婆の方がキャラクターが定まっていないようにも感じました。第一話後半の語りの部分とか。話を展開するために作者の言葉を喋らされてる感があります。本当の彼女ならこんなこと喋らなそうだなと思いました。
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コメントの評価
著者からの返事
丁寧な感想ありがとうございます。
2017年12月26日 23時55分 水野敬也老女のキャラは確かにそうですね。もう少しミステリアスな雰囲気を持たせてもいいかもしれません。設定としては老女はタブレットに書かれてある内容に従って16歳の真理を育てているのでそのあたりをふくらませることで老女の人間らしさがでるかもしれないですね。ただ同時に、実用を入れる上で老女は「権威」でもある必要があるので自信を持っててほしいというのもあって、、、。章が進んでから振り返ってみます。
評価
良いと思うところ
相変わらず面白いのと!それ以上に、現実を変えてくれる言葉がメインで進んでいくような。普通の小説じゃなくて。実用書だなぁと。先生らしくていいと思います◎
また、場面で各々にハッキリした色があるので(他の方が書いた作品に比べて、ちょっと読むモノにしては長いけど〜)単調にならず、最後まで一気に読めます。特に、16歳の真理ちゃんのキャラが事細かく描かれてるのは、さすがでした(笑)
良くないと思うところ
冒頭の真理が、人生が終わるような66歳のおばあちゃんだということが、何度読んでもイメージしづらく。どうしても、物足りなさを感じながら読み進めます。16歳の真理ちゃんはあんなに伝わってくるから〜ギャップがありすぎて(笑)最初から、真理ちゃんは真理ちゃんで居てほしいというか。んーなんというか。
2017年12月26日 15時7分 takaminまだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価
著者からの返事
なるほど。それはその通りですね。16歳の真理の延長線上で66歳の真理がいるのだから、真理っぽさ、もっと言うと、真理が取りそうな笑いの行動は冒頭に含ませるべきだと思いました。ありがとうございます!!!
2017年12月26日 23時57分 水野敬也