仕事幸福真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル

真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル 第1話

 *

 

 あれは絶対見間違いなんかじゃなかったし、全裸の老女の不気味な映像は脳裏にこびりついていたけれど、それでも私にはどうしてもやらなければならないことがあった。

 それは言うまでもなく、あかりんの本を読み、あかりんの動画を見、あかりんと私が「あかりん&まりりん」としてユニットデビューするまでの道のりをシミュレーションすることだった。

 そして、机の前に座ってスマホの動画サイトであかりんのソロデビュー曲を再生しているうちに老女のことは記憶の片隅に追いやられ、うっとりとしながら画面を眺めていた。

 (可愛いなぁ……)

飛びぬけて歌がうまいわけでもなく、特別美人というわけでもない。でもあかりんには人を惹きつけて離さない魅力がある。

私もあかりんみたいになれるだろうか。『ハニーズ』のアルバイト中にスカウトされてアイドルになるという――そんな晴天の霹レッキーが私にも訪れるだろうか。

そのことを考え始めたとき、あかりんが映し出されているスマホの液晶画面に小さなヒビが入るような居心地の悪さを感じた。

あかりんを見ているときにどうしても気になってしまうこと。

それはあかりんの目が二重瞼だということだ。

『Dream論』にはこんな言葉が出てくる。

「親友に裏切られたことも、才能に裏切られたこともある。でも、努力だけは裏切らなかった」

でも、あかりんは二重瞼で私は一重瞼なのだ。つまるところ、あかりんは結局のところ才能持ちで、私の場合はどれだけ頑張ってもあかりんみたいになれないんじゃないだろうか。「努力さん」は、人によって態度をコロコロ変えるタイプで、あかりんとは仲良くしていたけど、私と一緒になった途端に態度が急変し、ひどい裏切り方をするんじゃないだろうか。

そのことを考え始めるとどうしても自分の顔を確認せずにはいられなくなり、机の上のスタンドミラーを手に取って顔を映しため息をつく――普段の私だったらそうしていただろう。

でも、このときは違った。

いつものようにスタンドミラーを手に取ったとき、私の背後に不気味なものが映りこんでいるのが見えたからだ。

口元まで出かかった悲鳴をなんとか飲み込み、冷や汗がお尻に滲むのを感じながらゆっくりと首を回した。

クローゼットの横に置いてある全身鏡の前に、先ほどの老女が立っていた。

しかも、老女はなぜか――SMの女王様のボンテージ姿になっていたのだ。

 (イラスト)

 ――本当はこの出来事こそ、将来テレビのバラエティ番組に出たとき用にメモをしておくべきなのだろうけれど、そんな余裕はなくひたすら固まっていることしかできなかった。

 老女は、片手に持った透明のタブレットのようなものの操作に夢中になっていて、私に見られていることには気づいていないようだ。

 と、次の瞬間、私は大きく目を見開き、体をビクッと動かしてしまった。

 老女の全身の服装が、一瞬でまったく違うものになったのだ。SMのボンテージ姿とは打って変わり、高級そうな着物をまとっている。

 老女は鏡を見ながら独り言をつぶやいた。

 「やはり雰囲気という意味では着物がベストかな。ただ、いかんせん動きづらい」

 老女がタブレットの上で指先を動かすと、服装がチャイナドレスに切り替わった。

 老女は鏡の前で体をくねらせてスリットを確認しながら言った。

 「いや、確かに動きやすいけども……違法マッサージ店のやり手バアさんか、カンフー映画に出てくるやたらキャラの立ったお婆さんにしか見えないわ。となると……」

 老女の服装がまた変わった。今度は、金糸の装飾と肩章が特徴の、アイドルがステージで着るナポレオンジャケットだ。

 老女は全身鏡を見て、頬を紅潮させた。

 「……これかな」

 (いや、絶対違うでしょ!)

 思わず心の中でツッコミを入れてしまったが、老女はまんざらでもなさそうな様子で色々な角度から自分の姿を確認したあと、全身鏡の前で、くるっとターンをした。

 そのとき、老女と私は目が合ってしまった。見られていることに気づいた老女はターンの途中で体を止めたので、かなり不自然な体勢のまま固まっている。

 目を見開いたまま見つめ合う私たち。先に口を開いたのは老女だった。

 「――もしかして、私のこと見え」

 そこまで言うと、老女は急に険しい表情と口調になった。

 「ワシのこと見えとるんか?」

 (なんで言い直した⁉ しかもなんか怒ってない⁉)

 老女の奇妙な行動にますます恐怖が募った。もちろん、老女の質問に対して返答する余裕はない。

 老女は相変わらず鋭い視線を私に向けている。

 そしてその間、スマホからは延々とあかりんのソロデビュー曲『KSN ~これ以上好きになれない~』が流れていた。

(ど、どうしよう? やっぱり逃げた方がいい……よね?)

私がドアの方に体を向けようとしたのと、ほぼ同時の出来事だった。

老女が――何を思ったのか――突然、あかりんの曲に合わせて踊り出したのだ。

 『キミは私の鏡だったんだね♪』

 機敏な動き――とは言い難い――あくまで老人のカクカクした動きで――しかし、曲の振り付けを完璧に踊っていた。

 (な、何なのこの状況――)

 曲が終わりに近づくと、冷や汗を額に溜め続ける私に向かって、老女は決めポーズを取って言った。

 (イラスト)

 「これで、ワシが誰だか分かったじゃろ?」

 (よし、逃げよう――)

 意味不明すぎて恐怖がピークに達した私はドアに向かってダッシュし、ノブに手を伸ばした。そのときだった。

 「ここで逃げたら、お前は一生アイドルにはなれんぞ!」

 ――強い口調の声が部屋に響き渡った。

 私はドアノブに触れている手を止めた。というより、手の方が勝手に止まってしまった。

心の一番敏感なところをわしづかみにされたような感覚だった。

 老女は、ゆっくりとこちらへ近づきながら言った。

 「今日、お前は『ハニーズ』のアルバイトに採用された。そして、橋本明香里のように、アルバイト中にスカウトされてアイドルになれるんじゃないかと夢見ておる。そうじゃな?」

 (なんでそのこと知ってるのよー!)

 もう、何が何だか分からず、ただ呆然と老女の顔を見つめていた。

 すると老女は私の目の前にやってくると、大きく息を吸い込み、大声で叫んだ。

 「オーディション受けるのを怖がって逃げ回っとるようなお前に、そんな『晴天の壁レッキー』な出来事が起きるわけなかろうが!」

 老女が私の作った言葉を知っていたのにも驚いたが、それ以上にびっくりしたのは、老女の口から飛んできた唾が結構な量だったことだ。顔についた唾を鼻で呼吸をしないようにしながら袖で拭っていると、なぜか老女は目をキラキラ輝かせながら私の顔を見ていた。

 「ありゃりゃ、可愛い顔しとるでないの。写真や鏡で見るのと実物は違うもんじゃなぁ。肌もピチピチじゃぁ」

 そう言いながら手を伸ばして頬に触れようとしてきた。

 私は咄嗟に手を払いのけて言った。

 「あ、あなた、何なんですか?」

 すると老女は、「何じゃ、まだ気づかんのか」とため息をついて言った。

 

 「ワシは山咲真理じゃ。50年後のお前さんじゃよ」

 (ええ――⁉)

 口を大きく開けた私に向かって、老女は平然とした口調で続けた。

 「タイムトラベルとか、タイムプール? ループ? どっちじゃった? まあどっちでもええか。とにかく50年後にはこういうことのできるテクノロジーが生まれとるんじゃよ」

 (そ、そんな――)

 頭の処理速度が追いつかず、口をぽかんと開けていた。老女は手に持ったタブレットを持ち上げて言った。

 「まあそういう説明よりも、具体的に言うた方が早いじゃろ」

 そして老女は「老眼鏡をつけんでええのは助かるのう」とつぶやいてタブレットを読み上げた。

 「――初めてブラジャーをつけたのは小学6年の夏。後ろに座っている男子にブラの紐をからかわれたが、当時担任の鍋田先生がキレて『そういうことを言うな! ブラジャーの何が恥ずかしいんだ!』と大声で叫んだことの方がむしろ恥ずかしかった。じゃろ?」

 老女の言葉に対して私は小刻みに何度も首を縦に振った。

 「その年の夏、学校でヒヤシンスを育てて観察日記をつけていたが枯れてしまい、濁っていく水の観察日記に切り替えた。じゃろ?」

 老女の言葉に首を縦に振る。

「中学2年のときライトノベルを書き始めた。ペンネームは涼原キノ子。内容は、冴えない主人公の前に現れた悪魔と『アイドルになれる代わりに魂を差し出す』という契約を交わすが、主人公が可愛くなりすぎて悪魔が惚れてしまい魂を奪えなくなるというもの。タイトルは『俺様がアイドルごときにうつつを抜かすわけがない』。じゃろ?」

 うなずく私。

「ただ、タイトルとあらすじを考えるので満足して小説自体は最初の数行で挫折した……じゃろ?」

 うなずく私。

 「ちなみに、アイドルになったとき用のサインの練習で使っているキャンパスノートが3冊目に突入。机の一番下の引き出しに入っている」

 そして老女が「そこじゃろ?」と机の引き出しを指差したときだった。

 老女は私の顔を見て目を丸くして言った。

 「ど、どうして泣いておるんじゃ?」

 私はすぐに答えることができなかった。しゃくりあげ、涙を流し続けた。

 老女は同情するような口調で言った。

 「まさか、自分の黒歴史を白日の下に晒されたのがそんなにつらかったとはのう――」

 私は首を大きく横に振った。それから鼻をすすり、涙を拭きながら言った。

 「……感動してたの」

 「感動?」

 首を傾げる老女に向かって、途切れ途切れに言った。

 「だって……私、こういうことが起きないかなってずっと思ってたから。悪魔が現れて『俺と魂の契約をしたらアイドルにしてやる』とか、宇宙人と仲良くなってすごい声帯を手に入れて私の歌声を聞くとみんな泣いちゃうとか……もちろん、将来の自分が現れて夢をかなえてくれるっていうベタなパターンは何度も想像したよ」

 「ベタ……」

 呆然とする老女に向かって私は続けた。

 「あなたは――つまり、将来の私は――アイドルになれなかったんだよね?」

 私の言葉で老女の顔に真剣さが差した。

 私は言葉を続けた。

 「でも、実は、薄々感じてたんだ。私はアイドルになれないんじゃないかって。だって、私……可愛くないし。とびきり歌がうまいわけでもないし。でも、アイドルになりたいっていう夢はあきらめられないから、だったら何か起きないと……才能がない私がアイドルになるには、普通じゃあり得ないことが起きないとダメなんじゃないかって、ずっと思ってた」

 そして私は老女を見て言った。

 「あなたは私をアイドルにするために――伝説のトップアイドル『まり☆りん』にするために未来からやって来たんだよね」

 そのときの私の目は、すごく輝いていたと思う。目の前に立つ老女は希望の光そのものであり、その光を映し出す私の瞳はキラキラしていたはずだ。

 老女は、しばらくの間私を見つめると、つぶやくように言った。

 「アイドル――だけではないぞ」

 「どういうこと?」

 予想もしてなかった言葉に戸惑っていると、老女は私の周りを歩き出した。

 「お前の言うとおり、ワシはお前を輝かせるためにやってきた。だが、その可能性は、お前が思っておる以上に大きいのじゃ」

 そして老女はタブレットを操作して床に置くと、そこから立体的な文字が映し出された。

 未来の映像技術に目を奪われたが、老女の言葉で、文字に意識を集中した。

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REVIEWS

評価

12344

良いと思うところ

16歳の話はおもしろくて、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。

良くないと思うところ

「66歳のヒロインが16歳の自分に会いに行く」という冒頭が、イメージしにくく、ここで読むのをやめてしまう人がいるのではないかと危惧しています。
「16歳の話」から始めて、おばあさんが登場してから冒頭の部分にもっていった方が、良くないでしょうか?

2017年12月22日 2時39分 カヲリ
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 著者からの返事

感想ありがとうございます。
冒頭の状況、もっと分かりやすくする可能性を考えてみます。また、冒頭が前編の最後で大きく影響してくるのでそこを見てもらってからご意見さらにいただけたらうれしいです!引き続きよろしくお願いします。

2017年12月23日 5時32分 水野敬也
水野敬也
評価

12334

良いと思うところ

水野さんのテンポがよく出ていて、水野さんの昔からのファンはどんどん引き込まれていくと思います。

良くないと思うところ

水野敬也初心者の人が読むと、「タイムとラベルで昔の自分を指導する」設定がわりと普通で、そのわりには少しわかりにくいので、物語に入り込む前に終わってしまいそうな気がします。

2017年12月25日 13時51分 有村信一郎
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島津
コメントの評価

 著者からの返事

なるほど、やはり冒頭には工夫が必要だということですね。
ありがとうございます!

2017年12月26日 23時52分 水野敬也
水野敬也
評価

12344

良いと思うところ

話のテンポも内容の水野さんらしさも最高です
冒頭の人工知能の相沢で「神様に一番近い動物」に出てきた相沢を思い出してクスッとしてしまいました
これからどう話が広がるか楽しみです

良くないと思うところ

(明確に「悪いと思う点」という欄がレビューに設けられているサイトのシステムに驚いてますが…)あえて書くなら人生に悔いを残した66歳のおばあちゃんの言葉、助言に説得力があるのか現時点でまだ分からないのでこれからどうなるのか気になります

2017年12月25日 16時56分 チョコ
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 著者からの返事

助言の説得力については2章で出てきます。そこで新しい手法を取っていますが説得力が出ているか検証いただけたらうれしいです!

2017年12月26日 23時53分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

ターミネーターのように全裸で登場する老婆やアイドルの格好で納得する老婆に突っ込みを入れる女子高生等のイメージしやすい笑い、ギャグの要素は読んでいて面白かったです。

良くないと思うところ

主人公が女子高生なのか、老婆なのかがわかりません。両方ともにあまり差のない量の説明や感情の描写をしてしまうと少しくどいと思います。全体的に説明が多い気も。そのせいで面白いところはテンポがいいのに、説明のところで急に足元がもたつくように感じます。そこはもっとさらっとでいいんじゃないか…と思うところがありました。あとは読み手(ターゲット)をどこに設定しているのだろう?とも思いました。これから人生を切り開いていく若い方なのか、自分の人生を振り返って、もし過去に戻れるのなら…と一度は考えたことがある大人なのか。水野さんのスパルタ婚活術を大変面白く読ませて頂きましたが、あの本はターゲットが「アラサー婚活女子」とピンポイントに明確でしたので、書かれていることも単純明快、的を射ていると思いましたが、この物語は誰に向けたものなのかが不明で、それゆえに物語に説得力を感じず、心を掴まれる程ではなかったです。
老婆の方がキャラクターが定まっていないようにも感じました。第一話後半の語りの部分とか。話を展開するために作者の言葉を喋らされてる感があります。本当の彼女ならこんなこと喋らなそうだなと思いました。

2017年12月26日 10時0分 山重彩
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 著者からの返事

丁寧な感想ありがとうございます。
老女のキャラは確かにそうですね。もう少しミステリアスな雰囲気を持たせてもいいかもしれません。設定としては老女はタブレットに書かれてある内容に従って16歳の真理を育てているのでそのあたりをふくらませることで老女の人間らしさがでるかもしれないですね。ただ同時に、実用を入れる上で老女は「権威」でもある必要があるので自信を持っててほしいというのもあって、、、。章が進んでから振り返ってみます。

2017年12月26日 23時55分 水野敬也
水野敬也
評価

12344

良いと思うところ

相変わらず面白いのと!それ以上に、現実を変えてくれる言葉がメインで進んでいくような。普通の小説じゃなくて。実用書だなぁと。先生らしくていいと思います◎
また、場面で各々にハッキリした色があるので(他の方が書いた作品に比べて、ちょっと読むモノにしては長いけど〜)単調にならず、最後まで一気に読めます。特に、16歳の真理ちゃんのキャラが事細かく描かれてるのは、さすがでした(笑)

良くないと思うところ

冒頭の真理が、人生が終わるような66歳のおばあちゃんだということが、何度読んでもイメージしづらく。どうしても、物足りなさを感じながら読み進めます。16歳の真理ちゃんはあんなに伝わってくるから〜ギャップがありすぎて(笑)最初から、真理ちゃんは真理ちゃんで居てほしいというか。んーなんというか。

2017年12月26日 15時7分 takamin
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 著者からの返事

なるほど。それはその通りですね。16歳の真理の延長線上で66歳の真理がいるのだから、真理っぽさ、もっと言うと、真理が取りそうな笑いの行動は冒頭に含ませるべきだと思いました。ありがとうございます!!!

2017年12月26日 23時57分 水野敬也
水野敬也
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