仕事幸福真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル

真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル 第1話

 「これは現在の女子高生のなりたい職業ランキングじゃ」

1位   保育士・幼稚園の先生

2位   看護師

3位   公務員

4位   学校の先生

5位   芸能人(歌手・アイドル・声優など)

6位   トリマー・獣医

7位   ケーキ屋・パティシエ

8位   ファッションデザイナー

9位  通訳・翻訳(外国語を使った仕事)

10位  介護福祉士・ホームヘルパー

11位  歯科衛生士

12位  調理師・コック

13位  観光業

14位  マンガ家・イラストレーター

15位  薬剤師

16位  フライトアテンダント

17位  美術家(画家・カメラマン)

18位  ネイル・メイクアーティスト

19位  小説家・作家

20位  弁護士・法律家

 


 アイドルになること以外考えたことがなかったけど、同じ世代の子がどういう職業に就きたがっているのかは興味がわいた。

 映し出された文字を上から順番に読んでいると、「アイドル」の文字が赤く光った。

 「お前が今、目指しているのはここじゃな。ランキング5位の芸能人じゃ」

 そして老女は続けた。

 「ワシは何もアイドルを目指すなと言っておるわけではないからな。なりたい職業がアイドル、大いに結構。ただ忘れてならんのは、アイドルも数ある職業のうちの一つだということじゃ」

 (アイドルも職業の一つ……)

 そんな風に考えたことは、これまで一度もなかった。アイドルはアイドルであり、「仕事」というジャンルの一つだなんて発想が頭をよぎったことはなかったのだ。

 新鮮な気持ちで目の前のランキング表を眺めていると、いつのまにか老女は部屋の中央にいて、最初に全裸で現れたときと同じように片膝をつくポーズを取っていた。

 そして老女は首だけをこちらに向けると、含みのある表情で言った。

 「ワシがどうして今日、この部屋に来たのか分かったじゃろ」

 私は、老女が煙と共に現れたときの光景を振り返り、

 (私、おっぱい全然大きくないのに、将来はあんなに垂れることになるんだ)

 とまったく関係のないことを思い浮かべたが「何をぼーっとしとる」と老女に言われ、あわてて答えた。

 「今日、『ハニーズ』に採用されたから?」

 すると老女は、

 「そのとおりじゃ」

 と満足そうにうなずいた。

 「お前は『ハニーズ』のアルバイトをアイドルになるための大きなきっかけと考えておる。しかしそれ以上に重要なのは、『ハニーズ』のアルバイトは、お前が人生で一番最初に経験する『仕事』ということなのじゃ」

 老女はそう言って立ち上がると、勉強机の前まで歩き、椅子に腰かけた。そして、机の上の本棚から一冊の本を取り出して開いた。学校で使っている参考書だった。

 「お前たちは、よく『勉強しても将来の役に立たない』と言うじゃろ。それに対して学校の先生や予備校の講師は『いや、学校の勉強というのは将来、思わぬときに役立って……』などと答えるわけじゃ。まあ、役立つかもしれないという理由だけで数学も歴史も化学も物理も勉強するというのは無駄が多すぎると思わんでもないが、そんなことより――」

 老女は教科書を勢いよく、パン! と閉じて言った。

 「『人生で本当に役立つ勉強』とは何か分かるか?」

 (人生で本当に役立つ勉強……)

 学校の勉強は受験のときくらいしか役に立たないと思っていたけど、じゃあ何が本当に役立つ勉強なのかは真剣に考えたことがなかった。

 私が答えられずにいると、老女は、

 「人生で役立つ勉強というのはじゃな……」

 そこまで言うと口を抑え、ゴホッゴホッと咳き込み始めた。すぐに収まるかと思ったけれど、その咳は終わらないんじゃないかと不安になるくらい長く続いた。

 「大丈夫?」

 近づいて声をかけると、老女は片手を上げて制止し、ぽつりとつぶやくように言った。

 「ワシはもうすぐ死ぬ」

 「ええ⁉」

 突然の告白に思わず声をあげてしまった。老女は苦しそうな表情で胸のあたりを手で掴んで続けた。

 「50年後の医療も、こいつは――癌だけは治せておらんのじゃ」

 老女の言葉に背筋が冷たくなるのを感じた。

 彼女がこうして病に冒されているということは、私も将来同じ状態になるということだ。

 そのことを考えると足が震え出し、立っていられなくなりそうだった。

 すると老女は、私の気持ちを察したのか、優しい口調で言った。

 「安心せえ。お前にとってはまだまだ先の話じゃし、これから50年間の生き方で病になるならないも変わってこよう」

 そして老女は顔を上げ、遠くを見つめるような目をして言った。

 「ただ、このことは覚えておくと良い。人間は、普段は『自分が死ぬわけがない』と思って生きとるが、実際に死が目の前に迫り来ると、急に『あのときああしておけばよかった』とか『こうておけばよかった』と後悔し始める生き物なのじゃ」

 そして老女は皮肉っぽく微笑んで言った。

 「医者から余命が残り少ないことを告げられたとき、ワシが真っ先に考えたのは、『若いころに戻って人生をやり直したい』ということじゃった。ワシの人生は、ワシがお前の年齢のころに思い描いておったものとは、随分違ったものになってしもうたからな」

 そう言う老女の顔には悲壮感がにじんでいて、私はたずねずにはいられなかった。

 「あなたは、どういう人生を歩んだの?」

 すると老女はゆっくりと首を振った。

 「その話はまたの機会にするとしよう。ワシがお前とこうして話していられる時間も限られとるからな」

 そして老女は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩きながら言った。

 「若いころに戻って人生をやり直すことはかなわんかったが、過去の自分と対話することができると分かったとき、ワシが一番考えたのは、『一体いつの自分に会うべきなんじゃろうか』ということじゃった。遅い時期になればなるほど、人生は変えづらくなるじゃろう。だが、早すぎるとワシの言葉に耳を貸そうとせんかもしれん。これは本当に難しい問題でな、なかなか答えが出んかった。しかしワシは何度も何度も自分に問いかけたのじゃ。『ワシの人生で最大のターニングポイントはいつじゃったのか』と。そして、そのターニングポイントが――」

 老女は振り向いて言った。

 「今日なのじゃ」

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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

16歳の話はおもしろくて、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。

良くないと思うところ

「66歳のヒロインが16歳の自分に会いに行く」という冒頭が、イメージしにくく、ここで読むのをやめてしまう人がいるのではないかと危惧しています。
「16歳の話」から始めて、おばあさんが登場してから冒頭の部分にもっていった方が、良くないでしょうか?

2017年12月22日 2時39分 カヲリ
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 著者からの返事

感想ありがとうございます。
冒頭の状況、もっと分かりやすくする可能性を考えてみます。また、冒頭が前編の最後で大きく影響してくるのでそこを見てもらってからご意見さらにいただけたらうれしいです!引き続きよろしくお願いします。

2017年12月23日 5時32分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

水野さんのテンポがよく出ていて、水野さんの昔からのファンはどんどん引き込まれていくと思います。

良くないと思うところ

水野敬也初心者の人が読むと、「タイムとラベルで昔の自分を指導する」設定がわりと普通で、そのわりには少しわかりにくいので、物語に入り込む前に終わってしまいそうな気がします。

2017年12月25日 13時51分 有村信一郎
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島津
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 著者からの返事

なるほど、やはり冒頭には工夫が必要だということですね。
ありがとうございます!

2017年12月26日 23時52分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

話のテンポも内容の水野さんらしさも最高です
冒頭の人工知能の相沢で「神様に一番近い動物」に出てきた相沢を思い出してクスッとしてしまいました
これからどう話が広がるか楽しみです

良くないと思うところ

(明確に「悪いと思う点」という欄がレビューに設けられているサイトのシステムに驚いてますが…)あえて書くなら人生に悔いを残した66歳のおばあちゃんの言葉、助言に説得力があるのか現時点でまだ分からないのでこれからどうなるのか気になります

2017年12月25日 16時56分 チョコ
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 著者からの返事

助言の説得力については2章で出てきます。そこで新しい手法を取っていますが説得力が出ているか検証いただけたらうれしいです!

2017年12月26日 23時53分 水野敬也
水野敬也
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良いと思うところ

ターミネーターのように全裸で登場する老婆やアイドルの格好で納得する老婆に突っ込みを入れる女子高生等のイメージしやすい笑い、ギャグの要素は読んでいて面白かったです。

良くないと思うところ

主人公が女子高生なのか、老婆なのかがわかりません。両方ともにあまり差のない量の説明や感情の描写をしてしまうと少しくどいと思います。全体的に説明が多い気も。そのせいで面白いところはテンポがいいのに、説明のところで急に足元がもたつくように感じます。そこはもっとさらっとでいいんじゃないか…と思うところがありました。あとは読み手(ターゲット)をどこに設定しているのだろう?とも思いました。これから人生を切り開いていく若い方なのか、自分の人生を振り返って、もし過去に戻れるのなら…と一度は考えたことがある大人なのか。水野さんのスパルタ婚活術を大変面白く読ませて頂きましたが、あの本はターゲットが「アラサー婚活女子」とピンポイントに明確でしたので、書かれていることも単純明快、的を射ていると思いましたが、この物語は誰に向けたものなのかが不明で、それゆえに物語に説得力を感じず、心を掴まれる程ではなかったです。
老婆の方がキャラクターが定まっていないようにも感じました。第一話後半の語りの部分とか。話を展開するために作者の言葉を喋らされてる感があります。本当の彼女ならこんなこと喋らなそうだなと思いました。

2017年12月26日 10時0分 山重彩
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 著者からの返事

丁寧な感想ありがとうございます。
老女のキャラは確かにそうですね。もう少しミステリアスな雰囲気を持たせてもいいかもしれません。設定としては老女はタブレットに書かれてある内容に従って16歳の真理を育てているのでそのあたりをふくらませることで老女の人間らしさがでるかもしれないですね。ただ同時に、実用を入れる上で老女は「権威」でもある必要があるので自信を持っててほしいというのもあって、、、。章が進んでから振り返ってみます。

2017年12月26日 23時55分 水野敬也
水野敬也
評価

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良いと思うところ

相変わらず面白いのと!それ以上に、現実を変えてくれる言葉がメインで進んでいくような。普通の小説じゃなくて。実用書だなぁと。先生らしくていいと思います◎
また、場面で各々にハッキリした色があるので(他の方が書いた作品に比べて、ちょっと読むモノにしては長いけど〜)単調にならず、最後まで一気に読めます。特に、16歳の真理ちゃんのキャラが事細かく描かれてるのは、さすがでした(笑)

良くないと思うところ

冒頭の真理が、人生が終わるような66歳のおばあちゃんだということが、何度読んでもイメージしづらく。どうしても、物足りなさを感じながら読み進めます。16歳の真理ちゃんはあんなに伝わってくるから〜ギャップがありすぎて(笑)最初から、真理ちゃんは真理ちゃんで居てほしいというか。んーなんというか。

2017年12月26日 15時7分 takamin
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 著者からの返事

なるほど。それはその通りですね。16歳の真理の延長線上で66歳の真理がいるのだから、真理っぽさ、もっと言うと、真理が取りそうな笑いの行動は冒頭に含ませるべきだと思いました。ありがとうございます!!!

2017年12月26日 23時57分 水野敬也
水野敬也
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