「今日」という言葉を聞いて、地球が私を引っ張る重力が一気に強くなった気がした。私にとって今日は大事な日だけれど、それは私が感じているだけじゃない。私自身が何十年と生きた上で、一番大事だと感じた一日なのだ。つまり、今日をきっかけに何かを変えなければ、私は将来、人生に後悔したまま死んでいくことになる――。
固唾をのんで老女の次の言葉を待った。
老女は、私の前をゆっくりと歩きながら話し始めた。
「これからお前は、人生で初めてのアルバイトを経験することになる。初めてのアルバイト――それは、お前の生きている現代社会では小さなことだと思われておるが、50年後の世界では、極めて重要な分野として考えられておる。まあ、50年後の世界では人間の仕事は大きく変わり、アルバイトという呼び方もほとんどされなくなるのじゃが、お前にとっては、このアルバイトこそが、『仕事』の姿勢を学ぶ最初の訓練になるはずじゃ。そして――」
老女は鋭い視線を私に向けて言った。
「その姿勢を学ぶことこそが、『人生で本当に役に立つ勉強』なのじゃよ」
老女の口調には、長年の経験に裏打ちされたような自信がにじんでいた。
ただ、老女の言葉を聞いていると、単純な疑問も思い浮かんだ。
「でも、仕事のやり方は『ハニーズ』の先輩が教えてくれるんじゃないの?」
老女はため息をつきながら首を横に振った。
「その先輩も『仕事』の本質については何も分かっておらんのじゃよ。いや、そもそも世の中のほとんどの人間が『仕事』の本質を学ぶことなく一生を過ごしていくのじゃ。ちなみに」
老女は手を後ろで組み、歩きながら言葉を続けた。
「『ハニーズ』でお前に仕事を教えるのは服部という女だが、『私のやり方見てれば分かるから』と言ったきり何も教えてはくれんからな。そしてお前は仕事について何も分からないまま――いや、分からないだけならまだええんじゃ。最大の問題は、『仕事とはこういうものだという誤った考え』を持ったままこれからの人生を過ごしていくことなんじゃよ」
そして老女は言った。
「自分の人生を振り返ったとき、それが何よりも残念なことじゃった。どうしてこんなに大事なことを誰も教えてくれんかったのか。そして、それを人生の早い時期に知ることができたらワシの人生は大きく変わっていたはずなんじゃ」
老女の握り込んだ拳が微かに震えていた。
そして、老女は黙り込んだ。彼女はこれまでの人生を回顧しているようにも見えた。
しばらくすると、彼女は気を取り直すように顔を上げ、タブレットに映し出された文字を指差して言った。
「アイドルも『仕事』じゃ」
老女は続けた。
「つまり、『仕事』の本質を学ぶことができれば、アイドルになるのも夢ではない。いや、そもそもアイドルになることは、それほど難しくはないのじゃ。それよりもはるかに大事なのはアイドルになってからどれだけ多くのファンに愛されるかということじゃろう。もっと言えば、お前の人生はまだまだ長い。もし、アイドル以外にやりたいことができたとしても、『仕事』について学んでおけば選んだ職業で結果を出すことができる。そうすれば多くの人から愛され、感謝され、収入が得られ、輝くことができる。つまり――」
老女は私に微笑みを向けて言った。
「お前は晴れて、幼いころのような『人気者』に戻ることができるというわけじゃ」
老女の言葉にはすごい説得力があり、私はまた感動して瞳に涙を溜めることになった。
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評価
良いと思うところ
16歳の話はおもしろくて、ぜひ多くの方に読んでもらいたいと思います。
良くないと思うところ
「66歳のヒロインが16歳の自分に会いに行く」という冒頭が、イメージしにくく、ここで読むのをやめてしまう人がいるのではないかと危惧しています。
2017年12月22日 2時39分 カヲリ「16歳の話」から始めて、おばあさんが登場してから冒頭の部分にもっていった方が、良くないでしょうか?
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著者からの返事
感想ありがとうございます。
2017年12月23日 5時32分 水野敬也冒頭の状況、もっと分かりやすくする可能性を考えてみます。また、冒頭が前編の最後で大きく影響してくるのでそこを見てもらってからご意見さらにいただけたらうれしいです!引き続きよろしくお願いします。
評価
良いと思うところ
水野さんのテンポがよく出ていて、水野さんの昔からのファンはどんどん引き込まれていくと思います。
良くないと思うところ
水野敬也初心者の人が読むと、「タイムとラベルで昔の自分を指導する」設定がわりと普通で、そのわりには少しわかりにくいので、物語に入り込む前に終わってしまいそうな気がします。
2017年12月25日 13時51分 有村信一郎1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
なるほど、やはり冒頭には工夫が必要だということですね。
2017年12月26日 23時52分 水野敬也ありがとうございます!
評価
良いと思うところ
話のテンポも内容の水野さんらしさも最高です
冒頭の人工知能の相沢で「神様に一番近い動物」に出てきた相沢を思い出してクスッとしてしまいました
これからどう話が広がるか楽しみです
良くないと思うところ
(明確に「悪いと思う点」という欄がレビューに設けられているサイトのシステムに驚いてますが…)あえて書くなら人生に悔いを残した66歳のおばあちゃんの言葉、助言に説得力があるのか現時点でまだ分からないのでこれからどうなるのか気になります
2017年12月25日 16時56分 チョコまだこのコメントに「いいね!」がついていません
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著者からの返事
助言の説得力については2章で出てきます。そこで新しい手法を取っていますが説得力が出ているか検証いただけたらうれしいです!
2017年12月26日 23時53分 水野敬也評価
良いと思うところ
ターミネーターのように全裸で登場する老婆やアイドルの格好で納得する老婆に突っ込みを入れる女子高生等のイメージしやすい笑い、ギャグの要素は読んでいて面白かったです。
良くないと思うところ
主人公が女子高生なのか、老婆なのかがわかりません。両方ともにあまり差のない量の説明や感情の描写をしてしまうと少しくどいと思います。全体的に説明が多い気も。そのせいで面白いところはテンポがいいのに、説明のところで急に足元がもたつくように感じます。そこはもっとさらっとでいいんじゃないか…と思うところがありました。あとは読み手(ターゲット)をどこに設定しているのだろう?とも思いました。これから人生を切り開いていく若い方なのか、自分の人生を振り返って、もし過去に戻れるのなら…と一度は考えたことがある大人なのか。水野さんのスパルタ婚活術を大変面白く読ませて頂きましたが、あの本はターゲットが「アラサー婚活女子」とピンポイントに明確でしたので、書かれていることも単純明快、的を射ていると思いましたが、この物語は誰に向けたものなのかが不明で、それゆえに物語に説得力を感じず、心を掴まれる程ではなかったです。
2017年12月26日 10時0分 山重彩老婆の方がキャラクターが定まっていないようにも感じました。第一話後半の語りの部分とか。話を展開するために作者の言葉を喋らされてる感があります。本当の彼女ならこんなこと喋らなそうだなと思いました。
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コメントの評価
著者からの返事
丁寧な感想ありがとうございます。
2017年12月26日 23時55分 水野敬也老女のキャラは確かにそうですね。もう少しミステリアスな雰囲気を持たせてもいいかもしれません。設定としては老女はタブレットに書かれてある内容に従って16歳の真理を育てているのでそのあたりをふくらませることで老女の人間らしさがでるかもしれないですね。ただ同時に、実用を入れる上で老女は「権威」でもある必要があるので自信を持っててほしいというのもあって、、、。章が進んでから振り返ってみます。
評価
良いと思うところ
相変わらず面白いのと!それ以上に、現実を変えてくれる言葉がメインで進んでいくような。普通の小説じゃなくて。実用書だなぁと。先生らしくていいと思います◎
また、場面で各々にハッキリした色があるので(他の方が書いた作品に比べて、ちょっと読むモノにしては長いけど〜)単調にならず、最後まで一気に読めます。特に、16歳の真理ちゃんのキャラが事細かく描かれてるのは、さすがでした(笑)
良くないと思うところ
冒頭の真理が、人生が終わるような66歳のおばあちゃんだということが、何度読んでもイメージしづらく。どうしても、物足りなさを感じながら読み進めます。16歳の真理ちゃんはあんなに伝わってくるから〜ギャップがありすぎて(笑)最初から、真理ちゃんは真理ちゃんで居てほしいというか。んーなんというか。
2017年12月26日 15時7分 takaminまだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価
著者からの返事
なるほど。それはその通りですね。16歳の真理の延長線上で66歳の真理がいるのだから、真理っぽさ、もっと言うと、真理が取りそうな笑いの行動は冒頭に含ませるべきだと思いました。ありがとうございます!!!
2017年12月26日 23時57分 水野敬也