行動経済恋する行動経済学

恋する行動経済学 第3話

 その日のバイトの後、京子は恵奈の部屋にいた。

 向かい合ってこたつに入り、京子は恵奈に向かって手を合わせている。

「お願い! もう一回、協力して!」

「う~ん、別にいいけど、今度は何をするの?」

 言いながら、恵奈は京子の手元にある、コンビニの袋をチラチラと見ている。中にスイーツが入っていることを期待しているのだ。

「この間、講義で習ったんだけど……」

「また『行動経済学』?」

 京子は頷く。

「……こないだの合コンと、今回の『アンカリング』で、私はわかった。『行動経済学』は、恋愛に応用できる!」

「ええ、経済学が?」

「何度か説明したけど、『行動経済学』は、心理学の要素が大きい。合理的に考えれば、絶対こっちを選んだ方が得、という時でも、人は理屈に合わない、悪い選択肢を選んでしまったりする。例えば、恵奈もよく買い物で失敗するでしょ」

「そんなじゃないよ」

 恵奈が言う。

「でも、何かを買った後で、冷静になって考えたら、デザインも性能ももっとよくて、値段も安い選択肢が他にあったって、後悔したことはあるでしょ?」

 京子が言う。

「それは、あるけど」

 言ってから恵奈は慌てて言い訳した。

「でも、たまにだよ! 時々。年に三回くらい!」

「私が言いたいのは、見た目でも、性能でも、値段のお得さでも負けている物が、もっといいものを差し置いて人に選ばれることがあるってこと。人は一番いいものを常に選ぶわけじゃない。 人の心理や、ものの選び方には、ある種の癖やパターンがあるわけ。その癖やパターンに注目するのが『行動経済学』。じゃあ、その癖やパターンを、逆に利用したら?」

 恵奈は少し考えてから言った。

「見た目も性能も、値段のお得さでも負けているものを、選ばせることができる?」

「その通り!」

 京子は手を叩く。

「実際に、いろんな企業やお店が、『行動経済学』的な知識を利用して、私たちにその企業やお店の売りたいものを選ばせるようコントロールしている。つまりね……」

 ニヤッと笑って京子は続ける。

「世の中には、外見も、性格も、財産とか特技とか、その他いろいろ全部、私よりも優れている人がいっぱいいるわけ。でも『行動経済学』の知識を使えば、私よりいい女を差し置いて、私を選ばせることもできるってことだよ!」

「ええ?」

 勢いよく言いきった京子を、信じきれない様子で恵奈が見つめる。

「そんな、うまくいくかなぁ?」

 京子は恵奈を見つめて言う。

「彼氏を作り始めて、私は思い知ったの。どんなにオシャレや化粧をしても、埋められない差が世の中にはある。こっちがどんなに努力しても、何もせずにその上を行く人間がいる」

 京子は続ける。

「それを引っくり返せる可能性があるなら、私は『行動経済学』でも何でも試してみる!」

 恵奈はハッとする。京子の眉間に深い皺(しわ)が浮かんでいる。

 恵奈と京子はしばらく見つめ合っていた。

 やがて恵奈が、ため息を吐いて微笑んだ。

「わかった。一緒に試そう? 私も彼氏、欲しいもん」

 恵奈の言葉を聞いて、京子も微笑んだ。

 すると、突然、恵奈が笑い出した。

「え、何、どうした?」 

「京子ちゃんの顔、皺(しわ)が直ってない」

 笑いながら恵奈が言う。慌てて、京子が自分の眉間に触ると、深い皺(しわ)が、浮かんだままになっているのがわかった。

 もう顔は微笑んでいるのに、あまりに力を入れたせいか、眉間の皺(しわ)が、消えずに残っている。

「嘘、ちょっと鏡、見てくる!」

 京子は洗面所に駆け込んで行った。

 五分後、洗面所で皺を直して、京子は再び恵奈の前に座った。皺(しわ)を伸ばすように手で眉間をこすりながら、京子は話しはじめた。

「そしたら、さっそく、次の作戦だけど……」

 京子はコンビニの袋からシュークリームを一つ取り出す。

 チーズクリーム入りのシュークリーム。前回、食べて味は保証済み。恵奈が「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせる。

「恵奈、このシュークリームなんだけど、ひとつでいいなら、このままあげる。でも……」

 京子がポケットから10円玉を出して、恵奈の前に置く。

「もしその10円玉を投げて表が出たら」

 京子はコンビニの袋から、もう一つシュークリームを取り出す。

「ふたつあげる。でも、もし裏だったら、ひとつもあげない。どうする?」

 恵奈が京子の顔とシュークリームを交互に見ながら言う。

「無条件でひとつだけもらうか、10円玉を投げて、うまく行けばふたつもらえる賭けをするかどうか、ってこと?」

 コックリと京子が頷く。

 恵奈が、京子が手に持ったシュークリームをジッと見つめる。

「もし10円玉で裏が出たら、そのシュークリームはどうするの?」

「私が食べる」

 キッパリと京子は答える。

「ひとつも食べられない恵奈の目の前で、私がふたつとも食べる!」

 京子の言葉を聞いて、恵奈は顔を引きつらせた。

 あまりにも恐ろしい未来を想像したのだろう。

 京子の手から、恵奈がシュークリームを一つ、パッと取って抱きしめた。

「ひとつでいい! 私、ひとつで十分だから!」

「本当にいいの? うまく行けば、倍のふたつもらえるんだよ」

 恵奈はシュークリームをいとおしそうに抱えたまま、首を振った。

「ふたつもらえるより、ひとつももらえない方が嫌だもん」

 京子は得意げに微笑んだ。

「それ。人っていうのは、何かが手に入る時は、リスクを避ける傾向がある。リスクっていうのは、最悪の結果になる可能性のこと。今の恵奈の場合なら、最悪の結果は一個もシュークリームがもらえないことね」

 少し間をあけてから、京子は続けた。

「今みたいに50%の確率で二倍になるチャンスを捨てて、確実にもらえる方を選ぶ。ってことはさ、私より二倍もいい女がいたとしても、その女とつきあえる可能性が50%で、私とつきあえる可能性が100%なら、私が選ばれるってことでしょ?」

「ええっ?」

 恵奈が驚いたように声を上げる。

「……今、バイト先に来る女子大生と京子ちゃんの差は二倍以上あるでしょって思った?」

 京子は恵奈をジトっと見る。

「いや、そうじゃないけど」

 恵奈が慌てて否定する。

「二倍とか50%はただの例。もっと差があるなら、その分、確率を下げればいいだけ。それに川辺君には、私を高く『アンカリング』してある。今ならあの女子大生と戦える……はず」

 京子は自分で「うん」とうなずいてから、先を続けた。

「私と確実につきあえると思わせるのは、難しくないと思う。かなり仲よくしてるし、私から告白しちゃってもいいわけだし。だから、必要なのは、あの女子大生とつきあえない確率を、川辺君に意識させること。リスクの高い賭けだと認識させるの」

 女子大生にとりあえず告白して、失敗したら京子とつきあう、というようなことを大樹がするのは、性格上ありえない、と京子は思う。選ぶのは、どちらか片方だ。

「つきあえない確率を意識させるって、つまり、どうするの?」

 聞く恵奈に、京子は答える。

「つまりさ、格好いい男の人と一緒に歩いてたのを見たとかさ、そういう話を川辺君にしてほしいんだよ。私からだけじゃ、信憑性が低いから……」

「京子ちゃん、それ、本気で言ってるの?」

 恵奈が、急に真面目な顔になって言った。

「……それって、嘘をつくってことだよね。あのね、こないだみたいに、京子ちゃん自身についてちょっと大げさにさ、話すのはいいよ。でも、相手のことで、そんな風に嘘つくのは、ちょっと違うんじゃないかな」

 恵奈の口調は真剣そのものだった。

 恵奈の真剣な言葉に、京子は内心で少しうろたえて、ごまかすように、軽い調子で言った。

「そんなマジになんないでよ。ハッキリ彼氏がいるとか言うわけじゃなくてさ、ちょっと匂わせるくらいのことだし。さっきは、一緒に試そうって、言ってくれたじゃん」

「言ったけど、こういうのはよくないよ」

恵奈が、京子をジッと見つめる。

「でも、このままだと、川辺君が取られちゃうし、ほら、嘘をついちゃだめとかそういうこと言ってる場合じゃないの。いい? 恵奈……」

 京子はわざとらしく咳払いしてから、冗談めかして言った。

「恋愛って、そんな甘いもんじゃないんだよ」

 恵奈は全く笑わなかった。

「手伝えないよ。だって私、甘党だもん

 ひどく悲しげな恵奈の目に見つめられて、京子はドキリとした。



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REVIEWS

評価

12344

良いと思うところ

おっーいいですね*
謙遜されてたけど、読みやすくなってます◎
すごいすごい♪京子ちゃんの心の喜怒哀楽も、前よりそのまま言葉になってて。熱が出て来ましたね。
(システム上のことでしょうけど、フォントの大きさも読みすいです◎)

良くないと思うところ

読みやすくなった分、行動経済学だから。
数字が出てくるのはしょうがないんでしょうけど。急にその辺が、文章として理解するのが難しくなるなぁ(3ページ目とかのような場所)と、思ったり。無理難題(笑)一応、書いておきますね。

2018年1月25日 16時20分 takamin
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コメントの評価

 著者からの返事

コメントありがとうございます!

フォントの大きさは、僕の手柄ではないのですが(笑)
タメランドはシステムも、しっかりこだわって作られていますので
そういう部分を喜んでいただけると、とても嬉しく思います。

行動経済学の説明で数字が出て、読みづらくなってしまうことについては、
僕も書いていて気になり始めていて、第二話のシュークリームのように
数字以外のものに置き換えて、たとえ話的にうまく説明できるように
していければなと、考えています。

コメントを参考に、作品が良い方向に向かうよう、尽力していきますので、
今後もご愛読の程、よろしくお願いします!

2018年1月26日 21時40分 森久人
森久人
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