行動経済恋する行動経済学

恋する行動経済学 第3話

 その翌々日、京子と大樹のシフトは重なっていた。

 もうお互いに慣れて、仕事をしながら、合い間に世間話をする。

 ふたりともカウンターの中にいる時に、大樹が京子に言った。

「すみません、なかなか予定が合わなくて」

 京子は微笑んで返す。

「全然、いつでも大丈夫だから」

 ふたりで一緒に服を買いに行く日が、まだ決まっていなかった。ふたりの暇な日が、たまたまうまく重ならないのである。

 京子は微笑みながら、内心でヤキモキしていた。

 もう少しなのに、なかなか進まない。

 恵奈が、協力してくれないことも、腹立たしく思えた。

 なんとなく気まずくて、あの後、恵奈とは連絡を取っていない。

 自動ドアが開いて、客が入ってくる。

 京子はハッとする。あの女子大生だった。

 京子が大樹を見ると、案の定、大樹の視線は、その女子大生を追っている。女子大生が棚の前で足を止めると、大樹の視線も止まる。ボーっと、見つめている。

 京子は拳を握りしめる。

 やってやる。

「あの人、この間、男の人と一緒に来てたよ。かなり格好いい男の人だったね。うらやましいよ」

 そんな風に、軽い調子で言えばいい。大したことじゃない。簡単だ。あの子を選ぶのはリスクが高いぞ、そう少し思わせるだけでいい。

 京子が、大樹に一歩近づく。

 大樹の横顔を見つめて、口を開こうとした時、京子の頭に、恵奈の顔が浮かんだ。悲しげな目で、京子を見つめている。

 何だっていうんだ。大嘘をつくわけじゃない。本当に、彼氏がいるかもしれないのだし。

向こうは、私よりいいものを持って生れてきた。元々不公平なのだ。その分、私が少しズルをしたっていいじゃないか。

 京子の眉間に、皺(しわ)が寄る。シャーペイのように。

「……あのさ」

 京子が言う。大樹がハッとして振り向く。

「あ、はい」

「あの人のこと、いつも見てるよね」

「え? いや、そんなこと……」

 大樹が顔を少し赤くして慌てる。

 京子はそんな大樹を、しばらく黙ってみていたが、やがて話しはじめた。

「『行動経済学』って知ってる?」

「え?」

「最近、勉強してるんだけど、その中に、人がどういう時にリスクを冒すかっていう話があるの」

「は、はあ」

 突然の話題に、大樹は戸惑っているようだった。

 気にせず京子は話を続ける。

「例えば、川辺君が何かで10万円もらったとするでしょ。それとは別に、その後、追加で確実に5万円もらえるか、50%の確率で追加で10万円もらえるけど、残り50%の確率で何も追加でもらえないっていう賭けをするのだったら、どっちがいい?」

「それなら、確実に5万の方が……」

「じゃあ、今の話は一回、なしにして、今度はまず20万円もらったとするでしょ。それとは別にその後、確実に5万円失うのと、50%の確率で10万円失うけど、残り50%の確率で何も失わないって賭けをするなら、どっち?」

 大樹は少し考えてから答えた。

「それなら、50%の賭けの方、かな」

 京子は笑う。

「ねぇ、なんで、もらう時は確実な方を選んだのに、失う時は、リスクのある賭けを選んだの?」

「なんでって、もらう時と失う時じゃ違いますよ」

「そう、人って、何かを手に入れる時はリスクを避ける傾向があるんだけど、失うしかない時はリスクに挑む傾向があるの。でもそれって、ただの心理的な癖なんだよね」

「癖?」

「だって、10万円もらった後、確実に5万円もらうのと、20万円もらった後、確実に5万円失うのって、結局、どっちも15万円もらえるってことでしょ。実は今の質問、両方、結果的には同じことを聞いてるんだよ。それなのに、片方は確実さを選んで、もう一方では賭けを選んだ。これは理屈じゃなくて、癖で選んでるってこと」

「あ、そっか。なるほど」

「ボーっとしてると、人って癖で行動を選んじゃう。そのせいで、賭けに参加すべき時にしないで、賭けに参加しない方がいい時に、参加しちゃったりするの。私の言いたいこと、わかる?」

「え~と?」

「悩んでるなら、リスクがあってもさっさと挑戦したらってこと。他の誰かが先に告白して、失うって気づいてから挑戦するんじゃ、遅いかもよ?」

「……アドバイスですか?」

「そ。よくモテる恋愛経験豊富な京子さんからの、アドバイス」

 京子は大樹に微笑む。

 女子大生が、レジに向かって歩いてくる。

 京子はおもむろにカウンターを出て、棚の整理を始める。

 大樹のいるレジの前に、女子大生が立つ。

 ふと京子は、もし大樹がフラれたら、大樹を恋人にするかどうか考えた。少し悩んだが、レジに目を向けると、大樹と女子大生が楽しげに話していたので、京子は考えるのをやめた。

 その次の日、京子はバイトがなかった。大学から帰って、アパートでダラダラしていた。

 ここ最近、大樹のことで気を張っていた疲れが出たのか、何もやる気が起きなかった。

 京子が布団の上でごろごろしていると、インターフォンが鳴った。めんどくさいので無視すると、また鳴った。しばらくして、もう一度、鳴る。

 京子は重い体を起こして玄関まで行くと、ドアのレンズを覗いた。

 ドアの前には恵奈が立っていた。京子は驚いて、慌ててドアを開けた。

 恵奈はコンビニの袋を手に持って、気恥ずかしそうに微笑んでいる。

「一緒に食べよ」

 恵奈がコンビニの袋を京子に差し出す。京子が中を見ると、沢山のコンビニスイーツが入っていた。

 それは『デイリーデイリー』の商品だった。寄ってきたのだろう。確か、大樹は今日もシフトが入っていたはずである。恵奈は、きっと大樹と話をしてきたのだ。

「買いすぎだよ」

 京子は恵奈に言う。

「大丈夫だよ。京子ちゃんも、甘党でしょ?」

 恵奈が言う。

 なんだかおかしくなって、ふたりは笑い合った。






「恋する行動経済学」は隔週月曜日更新です。

次回の更新は2月5日(月)です。

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REVIEWS

評価

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良いと思うところ

おっーいいですね*
謙遜されてたけど、読みやすくなってます◎
すごいすごい♪京子ちゃんの心の喜怒哀楽も、前よりそのまま言葉になってて。熱が出て来ましたね。
(システム上のことでしょうけど、フォントの大きさも読みすいです◎)

良くないと思うところ

読みやすくなった分、行動経済学だから。
数字が出てくるのはしょうがないんでしょうけど。急にその辺が、文章として理解するのが難しくなるなぁ(3ページ目とかのような場所)と、思ったり。無理難題(笑)一応、書いておきますね。

2018年1月25日 16時20分 takamin
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コメントの評価

 著者からの返事

コメントありがとうございます!

フォントの大きさは、僕の手柄ではないのですが(笑)
タメランドはシステムも、しっかりこだわって作られていますので
そういう部分を喜んでいただけると、とても嬉しく思います。

行動経済学の説明で数字が出て、読みづらくなってしまうことについては、
僕も書いていて気になり始めていて、第二話のシュークリームのように
数字以外のものに置き換えて、たとえ話的にうまく説明できるように
していければなと、考えています。

コメントを参考に、作品が良い方向に向かうよう、尽力していきますので、
今後もご愛読の程、よろしくお願いします!

2018年1月26日 21時40分 森久人
森久人
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