行動経済恋する行動経済学

恋する行動経済学 第4話

 日曜日の駅前は、人が多かった。

 京子は、昨晩見た『春恋ドリーム』にも、駅前の通り(もちろん京子がいるのとは別の駅前の通りである)のシーンがあったことを思い出した。

 それはドラマの冒頭シーンだった。今宮翼が演じる男子が、親せきの家に居候することになって、別の県から電車でやってくるのである。そして、駅前の通りを友達と一緒に歩いていたヒロインと、初めて出会うのである。

 その場面を思い出しながら京子は、いつか自分も、今宮翼のような彼氏と一緒に駅前通りを歩きたいものだ、と思うのだった。恵奈と一緒に歩くことに、不満があるわけではないのだが。

 その時だった。向かいから歩いてきて、すれ違った男の顔が、ふと京子の目に入った。京子は思わず足を止めて振り返った。

「どうしたの?」

 急に立ち止まった京子に、恵奈が聞く。

「今の、今宮翼じゃなかった?」

 京子が言う。

「今宮翼? え~と、昔ドラマに出てた?」

 恵奈はすれ違った男の顔を見ていないようだった。京子は辺りを見回して、すれ違った男を探したが、すでに人ごみにまぎれて、どこにいったのかわからなかった。

 京子と恵奈はいくつかの店を見て歩いて、一軒の雑貨屋に来た。恵奈のお気に入りの雑貨屋で、かわいい小物が売っている。恵奈が棚に並んだ商品を見ている間、京子はキョロキョロと、辺りを見回していた。

 恵奈のため息が聞こえて、京子は恵奈に慌てて視線を向けた。

「京子ちゃん、聞いてる? こっちとこっち、どっちがいいかなって話なんだけど」

 恵奈は、ネコの絵が描かれたマグカップと、犬の絵が描かれたマグカップを手に持って、京子を見ていた。何度か声をかけたのに、京子は気づかなかったらしい。

「まだ探してたの? ただの見間違いだよ」

 不機嫌そうに恵奈が言う。

 翼とすれ違ってから、京子は翼がまだ近くを歩いていないかと、ずっとキョロキョロして、恵奈との会話も上の空なのであった。

「ごめん、ごめん。ちょっと気になっちゃって」

 確かに、顔を見たのは一瞬だった。恵奈の言う通り、見間違いだったのだろうか。全話連続で一気に見たせいで、そういう見間違いをしやすくなっているのかもしれない。

 でも、そうじゃなかったら?

 大好きだったドラマの、引退した主演俳優と、時を経て偶然出会うなんて、もしもそこから何かが始まったら、こんな運命的なことが他にあるだろうか。そう考えると、京子の心臓は、ドキドキせずにはいられないのだった。

 その後、駅ビルに入って、その中のテナントを巡った。ブティックや本屋に立ち寄った後、恵奈の希望で、ケーキ屋や和菓子屋などの菓子店が並ぶフロアに行った。

 ショーケースの中に並ぶケーキを見ながら、恵奈がどれを買うか悩んでいる。京子は恵奈と話しつつ、まだ、時折、キョロキョロと周りを気にした。

「これめっちゃおいしそうじゃない?」

「どれ?」

 恵奈が指さしたケーキを京子は覗きこんだ。その時、恵奈と京子の後ろを、一人の男が通りすぎた。京子はハッとして振り返った。通り過ぎた男の背中が見える。黒いパーカーを着ている。駅前ですれ違った翼も、同じようなパーカーを着ていたような気がした。

「二つ買ってうちで食べようよ……京子ちゃん?」

 恵奈がケーキから目を離して振り向くと、隣にいるはずの京子がいない。

 京子は黒いパーカーの男を追って、歩き出していた。今度は見失わない。足を速めて、京子は男に近づいていく。そしてそのまま追い越してから、和菓子屋のショーケースの前で足を止めて、商品を選ぶフリをして、男の顔に視線を向ける。

 全然、別人だった。

 京子は落胆のため息をつく。

「ちょっと、京子ちゃんっ!」

 恵奈が追いかけてきて、不機嫌な顔で京子をにらんだ。

「あ、ごめん!」

 京子は恵奈の前で手を合わせたが、恵奈は怒りが収まらない様子で、ジトっと京子を見つめるのだった。

 駅からの帰り道、京子は自分でも馬鹿馬鹿しくなってきていた。目の端に映るすべての男が、目に入った一瞬は、翼に似ているように思えた。しかし、よくよく見ると、まったく似ていない。男が視界に入るたびに、ハッとして顔を確認する自分に、京子自身、呆れてしまう。

 ドラマみたいな、そんな運命的な話が、そうそうあるわけないのだ。恵奈の言う通り、最初にすれ違った翼自体が、見間違いだったのだろう。

 交差点で信号待ちをしながら、京子はそう考える。京子の隣では恵奈がニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。ずっと上の空だったお詫びに、京子がケーキをおごったら、すっかり機嫌を直したのである。

 そもそも、ドラマの主人公や、芸能人に恋をするなんて、まったく子どもっぽい空想だ。ちゃんと現実でいい男を見つけなきゃいけない。京子は自分を納得させるように、一人で頷く。

 もう翼のことは忘れよう、そう思って顔を上げた京子の前を、一台のバスが通り過ぎる。その瞬間、京子は思わず声を上げた。

 走るバスの窓の中に、翼の姿があったのである。今度は見間違いではない。

 慌てて、京子はバスを追って走り出した。京子の突然の行動に驚いている恵奈を置き去りにして、歩道にいる人々を避けながら、全力疾走する。足がもつれて転びそうになるのをこらえつつ、京子はバスの窓を見つめる。

 確かに、そこには翼の姿があった。目をこする京子。見間違いではない。大学生になってから運動不足だった京子の心臓が、バクバクと脈打って、張り裂けそうになる。しかし、ここで足を止めるわけにはいかない。次のバス停で、バスに乗り込んで、翼に声をかけるのだ。バスに乗ったら翼の隣の席に座って、あわよくば連絡先を聞き出し、デートの約束を取り付け、それから、それから……。

うおおおっ! 逃がしてたまるかあああっ!

 京子の足の回転が加速する。まるで荒野を駆けるパンサーのように。京子はバスに追いつき、なんと翼のいる窓の真横まで並んだ。その時、窓の奥、翼の隣の席に座っている人が見えた。

 翼の隣に座っている相手の顔を見た途端、バクバクと弾んでいた京子の心臓が、一瞬止まった。その拍子に、足がもつれて、京子は倒れそうになる。必死でバランスをとって京子は踏みとどまったが、足を止めた京子を置き去りにして、バスは先に走って行ってしまう。

 京子は、激しく息をしながら、遠のいていくバスを立ち尽くして見つめていた。

 京子の頭の中には、今、見た光景が、ハッキリと焼き付いていた。翼の隣に座っていた相手。それは京子の知っている顔をしていた。バスの中でその相手は、翼と仲良さげに話をしていたのである。

 何度思い返しても、見間違いとは思えなかった。

 翼の横にいたのは、美緒だったのである。



「恋する行動経済学」は隔週月曜日更新です。

次回の更新は2月19日(月)です。

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REVIEWS

評価

12345

良いと思うところ

急に、お話がガラリと変わって*
また、違った感じで楽しめました。
最後バスに追いついたところは、うそでしょ(笑)って思ったけど。1番おもしろかったとこです。あとは、一緒にいたのが美緒ちゃんだったのが予想外だったので(コンビニにいつも来る女の子かと思ってました)続きが楽しみです。

良くないと思うところ

いつも、いろいろ書いちゃってますが〜
今回はないです!展開が気になることぐらいです◎楽しみにしてます^ ^

2018年2月12日 15時27分 takamin
1人がこのコメントに「いいね!」しました
森久人
コメントの評価

 著者からの返事

コメントありがとうございます!
今回は展開の前フリ的な部分で、行動経済学の話を入れなかったので
逆にボロが出なかったのかもしれません(笑)
続きが楽しみだと言っていただけて、すごく嬉しいです!
ありがとうございます!今後もよろしくお願いします!

2018年2月15日 12時55分 森久人
森久人
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