(誰か、助けて……)
私が心の中で唱えたが、この言葉は誰にも届かない。そう思ったときだった。
(え……)
さっきまで誰もいなかったはずの隣のソファ席から手が伸びてきて、男の胸倉をつかんで持ち上げた。黒いシャツから見える手は筋肉が盛り上がっている。
「その動画、この子にどれだけの魅力があるか分かって撮ってんのか? ああ?」
隣のソファ席に顔を向けた瞬間、
「ええ⁉」
思わず声をあげてしまった。
海城男子をつかんでいたのは赤音さんだった。その隣には、飄々とした顔の桃瀬さんと橘さんが座っている。
「な、何すんだよ」
男が怯えた声で言うと、橘さんが静かな口調で言った。
「プライバシーと肖像権の侵害は、日本国憲法13条の幸福追求権を根拠にした民法の不法行為に基づいて損害賠償が請求できます」
「お前、ラッキーだな」
赤音さんは海城男子に向かって言った。
「憲法違反しといて俺のパンチ1発で許してもらえるんだからな」
そして赤音さんは、海城男子を自分の方に引き寄せた。
「ひぃ……」
海城男子が悲鳴をあげると、桃瀬さんが赤音さんに言った。
「お前の気持ちも分かるけど、彼を殴るとまりりんがこのお店で働きづらくなるんじゃないかな? それはまりりんに対する愛と言えるだろうか」
すると赤音さんはうなずいて、
「確かにそうだな……ってなるわけねえだろ! こいつはまりりんを傷つけた。だから俺はこいつを殴る!」
今にも泣き出しそうな海城男子は言った。
「な、殴る方が憲法違反だろ」
すると橘さんは笑って言った。
「すまないね。この男は頭が悪すぎて憲法と拳法の区別がつかないんだ。あきらめてくれ」
赤音さん橘さんを睨みつけ、
「橘、こいつを殴ったあとはお前だからな」
と言って、赤音さんが拳を振りかぶった瞬間、
「や、やめてください! 警察を呼びますよ」
金子店長が止めに入って来た。
赤音さんは言った。
「いや、お前、仕事が逆だろ! どう見てもこいつが悪人で俺が善人だろうが!」
赤音さんの言葉には一切の説得力がなく、しばらく押し問答が続いたが、事情を理解した店長は、海城男子が動画を消すことを確認して仕事に戻った。それからほとんど時間が経たないうちに海城男子と彩花は席を立った。赤音さんの隣の席はさすがに居づらいのだろう。
海城男子がそそくさと帰ろうとしたとき、
「おい、少年」
赤音さんが呼び止めて言った。
「今度まりりんを傷つけるようなことをしたら、お前をボコボコにする動画をネットにアップするからな」
すると隣の橘さんは、
「やりすぎるなよ。傷害罪は15年以下の懲役又は50万円以下の罰金だが業務上過失致死や殺人罪は罰則が遥かに重くなるからな」
「お前はいちいちうるせーんだよ。俺はまりりんのためだったら臭い飯だって食えるんだぜ。お前はできんのか?」
「私をお前のような単細胞と一緒にするな。私は法の範囲内で……いや違うな。真理さんを守るために、法の力を最大限利用することができる」
二人が言い合っている隙に海城男子はお店の出入り口に向かったが、彩花はテーブルに留まって言った。
「ねえ、この人たち誰なの?」
海城男子とのデートを邪魔されたことを気にする様子はなく、興味津々の表情だった。
ただ、そうなるのも当たり前なのかもしれない。だって、この3人は海城男子と比べものにならないくらいカッコイイのだから。
でも、私は彩花の言葉にすぐ答えられなかった。この3人は、山Pが連れてきた未来の……。
「バンドのメンバーだよ」
まるで私たちの会話が聞こえていたかのようなタイミングで桃瀬さんが言った。
「バンド?」
彩花の言葉に赤音さんが答えた。
「俺たちバンド組んでるんだよ。まりりんがボーカルでさ」
(確かに『TST』のときトイレで歌ったけどバンドのボーカルって――)
私は戸惑うばかりだったが、彩花は私に耳打ちするように言った。
「今度ライブやるとき教えてよ」
そして彩花は3人に軽く頭を下げて出入り口に向かった。
私は彩花の背中を見送りながら、今日をきっかけに私たちの関係が大きく変わることを予感していた。
「真理 —成功と幸福の秘密を知ったアイドル」は隔週月曜日更新です。
次回の更新は2月26日(月)です。
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評価
良いと思うところ
まりちゃんの心情、細かくて、ないんだけどありそう(笑)と納得の例えがやっぱりとても面白くて良かったです!また、細かいところなのですが、最初の、「TST」を発揮した状態で仕事をしていると金子店長や他のスタッフから褒められることも多くなった、は、ベテランにもいい刺激、気づきを与えていることを表してくれているので嬉しかったです(^-^)そっち側(周りの先輩側)の立場の自分なんで。その前の、「目の前の作業が将来の夢につながっている・・・」も特に若者にとって希望が持てるいい言葉だなぁと。フレッシュでなくてもそう思いながらしたいと^ ^また、パターン3の、「・・・帰れ(けぇれ)!」は、めちゃセンス効いてて好きです(≧∇≦)
海城男子と男性3人の絡みも、なるほどな~と。仲間割れ仕掛けてあれれと思ったけれど後につながって納得です。
良くないと思うところ
悪いところはないのですが、まりちゃんのアイドル志望は、都市伝説から言い当ててる、でおけまるですね!時間が経つとどうだったかなぁと振り返らないと忘れちゃって(^^;;キャラに応じた男子3人の出で立ちが気になり。。。楽しみにしておきます^ - ^!
2018年2月13日 21時24分 Shiho☆3人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます!
2018年2月14日 1時5分 水野敬也たしかに、時間や仮想空間という設定によって分かりづらくなる部分があるので全体が完成したとき丁寧に見直す必要がありそうです。
また「都市伝説」だったというのはこの5話を書いていて出てきた設定で「そうだったのか」と思いました。真理の弱さが際立つので。ただその設定から振り返って1話を直す必要がありそうです。
評価
良いと思うところ
「海城男子、◯ね!」って思うくらい、物語に入り込みました。The・嫌なやつの描写もそうですが、キャラクターの表現が素晴らしいです。橘くんの「いや違うな。真理さんを守るために、法の力を最大限に」という言い換えは、さすが水野さんらしい言葉遊びだなと思いました。
良くないと思うところ
海城男子がかなり腹立つので、おそらく水野さんが想像している以上に読者は海城男子に腹が立ったと思うので(笑)、強い懲悪を期待しました。もう少しスカッとする結末が良かったなと、個人的に思いました。あと、私だけかも知れませんが、(イラスト)と表示されるだけで絵などが表示されません、仕様でしょうか?
2018年2月14日 6時22分 gaffer3人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
なるほど!「もう少しスカッと」はすごく良い指摘です!!!ありがとうございます!再検討します!
2018年2月15日 2時32分 水野敬也評価
良いと思うところ
真理が追い詰められていく心理描写がリアルでシビアだったので面白かったです
良くないと思うところ
実在する学校(海城)が出てきてちょっとびっくりしました
2018年2月15日 14時40分 チョコ1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
そうなんですよね、海城は実在するので名前を変える予定です汗
2018年2月18日 22時51分 水野敬也ありがとうございます!
評価
良いと思うところ
なるほど(●´ー`●)
やっとすっきりしましたー(笑)
一緒に、まりりんに対してのみんなの愛情の形もいろいろ見れたので良かったです。
いいねの連打はすごーい*
こんな機能はどのSNSにもない気が(笑)
良くないと思うところ
ちょっと細かいけど、写真も撮っちゃ。。。ダメでしょ!って、さわやかイケメンのはずの店長に言いたくなりました。
2018年2月18日 16時37分 takamin1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます!
2018年2月18日 22時50分 水野敬也店長は今度も色々なポイントで出て来るキャラなのでもっと深めてみます。