行動経済恋する行動経済学

恋する行動経済学 第5話

 京子がバスに乗る翼と美緒を見た翌日ーーーーー。大学の学食で、京子と恵奈は定食を載せたトレーを持って、ウロウロしていた。昼のピークより、三十分ほど遅い時間の学食は、満席ではなかったが、時間に余裕のある学生たちで、まだにぎわっていた。他の学生の影に紛れながら、京子と恵奈は少し離れたテーブルの様子をうかがっていた。

 そのテーブルには、美緒がいた。美緒は少し遅めの昼食を一人で食べているようだった。美緒の向かいの席がちょうど二人分、あいている。

 京子は苦々しい顔で、美緒を見ている。恵奈がトレーを手に持ったまま、肘で京子を突っつく。

「行かないの? 今宮翼のこと、聞くんでしょ?」

「うん、そうだけど……」

 昨日、翼と一緒に美緒はバスに乗っていた。翼のことを知りたいなら、美緒から聞き出すのがいちばん手っ取り早い。そのために、美緒を探してここまで来たのだが……。

 いざ、美緒の姿を見ると、京子はどうにも気が乗らなかった。そもそも何といって話しかければいいのか。笑顔で近付いて『あ、偶然だね! 美緒も今、ご飯? 私も一緒に食べていいっ?』とか? いやいや、そんな仲じゃないだろ!

 京子が美緒から情報を得たいと考えていることを知ったら、美緒は絶対、足元を見てくるだろう。想像するだけでシャクに障る。美緒はいつものあの微笑みを浮かべるに違いない……心底、人を馬鹿にするような微笑みを。

「京子ちゃん」

 京子が悩んでいると、再び恵奈が肘で突っついてきた。

「美緒ちゃん、こっち見てる」

 ハッとして見ると、恵奈の言う通り、いつの間にか美緒が、京子たちの方に目を向けていた。いつまでも座らずにウロウロしていたのだから、気付かれるのも当然だった。しまった、と京子は後悔する。美緒の顔には、すでに軽くあの微笑みが浮かんでいる。見つかってしまった以上、もう覚悟を決めるしかない。京子は恵奈と一緒に美緒のいるテーブルまで歩いていった。

 不敵な微笑みを浮かべる美緒と京子は見つめ合う。そのまま、京子と恵奈は椅子を引いて、美緒の向かいに座ろうとした。

「そこ、これから彼氏が来るんだけど」

 美緒の言葉に反応して「え?」と、京子と恵奈はおろしかけた腰を止めた。すると、美緒が吹き出して笑った。

 京子はからかわれているのに気づいて、美緒を睨んだ。

「嘘つくなよ」

 美緒がニヤニヤしながら言う。

「私が言うと真実味があるでしょ。あなたたちと違って」

 京子は頭に血が上るのを感じたが、何とか抑えて、椅子に座った。美緒のニヤケ顔を引っぱたいてやりたい気分だったが、こうなったからには、何が何でも美緒から翼の情報を引き出さねばならない。

 しかし、どう切り出すべきだろうか。ただ教えてくれと言って、この意地の悪い美緒が、親切に翼のことを教えてくれるだろうか。

 京子が言葉を選んで迷っていると、美緒が先に口を開いた。

「……紹介してほしいんでしょ?」

 京子はドキリとした。美緒は楽しそうに微笑んで京子と恵奈の顔を見回す。京子はゴクリと唾を飲んだ。もしかして、バスを追いかけていた京子に、あの時、美緒は気づいていたのだろうか。京子の考えは、美緒に全部見抜かれているのかもしれなかった。京子が何も言えずにいると、美緒がさらに続けた。

「みんな、そうなんだよねぇ。最初は、私に嫉妬して突っかかってくるんだけど、結局、自分の力じゃ男を手に入れられないって気づくわけ。それで、今度は、私の友達になろうとしてくるわけ」

「はぁ?」

 思わず京子は、素っ頓狂な声を出してしまった。

「大丈夫、わかってるから。否定しなくてもいいよ。まぁ、いろんな趣味の男がいるからね。私が協力すればあんたたちみたいな女でも、それなりの男をひっかけられると思うよ。でも……」

 美緒がニヤリと笑う。

「それなりの頼み方ってのがあるよね。私に手伝ってほしいなら。勘違いしないで、お金とかじゃないよ? とりあえず、こないだの合コンのことをちゃんと謝るとこから……」

 京子の眉間に、深い深い皺。

「あんたなんかの世話にならなくても、彼氏ぐらい自分で作れるってーのっ!」

 テーブルを叩いて怒鳴った京子を恵奈がギョッとして見つめる。学食にいる他の学生の視線も京子に集まる。京子はハッとして、ごまかすように、定食のみそ汁をすすった。

「恥ずかしいから、大声出さないでくれない?」

 呆れたように美緒が言う。

「あんたのせいでしょっ」

 今にもケンカになりそうな京子と美緒を見て、恵奈が焦った様子で口をはさんだ。

「いや、実は、京子ちゃんが美緒ちゃんに、聞きたいことがあるらしくてさ」

「聞きたいこと?」

 美緒が京子を見る。

「その……、昨日、バスに乗ってたでしょ」

 京子は慎重に切り出した。

「昨日?」

 京子の質問が意外だったのか、美緒が不思議そうな顔をする。

「誰かと一緒に、乗ってたでしょ? 誰と一緒に乗ってたのかなって」

「……そんなこと、あんたに言う必要ないでしょ。何? あんた、ストーカーなの?」

 美緒がめんどくさそうに答える。京子の眉間に、再び皺が寄りはじめる。恵奈が慌てて、口をはさんだ。

「いや、昨日、美緒ちゃんと一緒にいた人が、今宮翼にそっくりだったんだって。ほら、今宮翼って覚えてる? 『春恋ドリーム』ってドラマに昔、出てた。京子ちゃんさ、翼くんの大ファンだったから、それで気になっちゃったみたいなのっ」

「今宮翼? あのガキっぽいドラマに出てた? へぇ、あんなののファンだったの」

 京子の眉間の皺がシャーペイのように深くなる。いつ爆発するかわからない京子を恵奈はびくびくした様子で見る。

「まぁ、言われてみれば似てるかもね。別人だけど」

 美緒が言う。

「その人って、美緒ちゃんの、お友達なの?」

 恵奈に聞かれて、美緒は京子に目を向けた。京子は眉間に皺を浮かべて、真剣な表情で美緒を見ている。美緒が微笑む。あの微笑み方で。

「友達っていうか、彼氏?」

「なっ……」

 と思わず京子は声を出した。

「ちょっと、待って。あんた、こないだ男と一緒にコンビニに来たじゃない。あいつとつきあってるんじゃないの?」

 クスッと美緒が笑う。

「恋人を一人しか作っちゃいけないって決まりはないでしょ? ま、あなたたちには縁のないことかもしれないけど」

 言葉の出ない京子に、美緒が微笑みを絶やさずに言った。

「彼の名前、隼人って言うんだけど、もしほしいんだったら、譲ってあげよっか?」

 グシャッと音がしそうなほど深く、京子の眉間が皺で歪んだ。

「いらねぇよっ、そんなもんっ!」



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REVIEWS

評価

12344

良いと思うところ

ほっー♪クレジットカードに例えたのはいいですね!数字がいっぱい出て来るより、わかりやすい^ ^それを、隼人くんに例えたのも◎

良くないと思うところ

ただ、例え現金で払うとしても。
クレジットカードを見る=クレジットカードで支払うことを想像するになる気がして(´-`).。oOその辺が、頭がちょっと、こんがらがりましたー。

takamin
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森久人
コメントの評価

 著者からの返事

コメントありがとうございます!
実際の実験では、クレジットカードの存在を意識していなくても
視界に入っているだけで無意識的に影響を受けてしまう……らしいんですが
もっと納得しやすい情報を集めて、わかりやすく書けるように頑張ります!

2018年3月5日 11時49分 森久人
森久人
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