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リムジンが駅前に到着すると、山Pから指定された3店舗のうちの一つ、A店に向かった。
A店は、駅と隣接したビルの一階にあった。店内に入ると、まだオープンして間もないのだろう、机や椅子が新しいのが分かる。お客さんはまばらだが、この時間であれば平均的な客数だ。
席について店員を呼び、ホットのカフェラテを注文した。スタッフの接客にも好感が持てた。私がハニーズのホールで働いていることもあるけど、接客の雰囲気が良いお店に悪いお店はないと思う。流行っていないお店のスタッフはだいたい雰囲気が暗いものだ。
机の上でノートを開き、リムジンの中で作っておいたチェックリストに点数をつけていく。普段とは違う視点でファミレスを見て評価するのは新鮮な感じがして楽しかった。
――そして、こいつさえいなければもっと楽しむことができただろう。
「注文はそれだけか?」
勝手に私の前の席に座ったサイードは、カフェラテを指して言った。
無視していると、サイードは続けた。
「まさか、他のものを注文する金がない、などとは言うまいな?」
――図星だった。小腹が減っていたが、他の店舗を回ることも考えてお金を節約していたのだ。
「あんたには関係ないでしょ!」
そう言って、私はカフェラテに口をつけた。
「熱ぅ!」
冷まさずに飲んだので唇を火傷した。
それでも私は、「このカフェラテをチェックすればお店のメニューの全てをチェックしたのと同じ効果があるのよ!」とでも言わんばかりに、カフェラテをちびちび飲みながら入念にチェックをした。その結果わかったのは、どこにでもある普通のカフェラテだということだった。
サイードはフッと鼻で笑って立ち上がった。
「日本式の謝罪を見るのは初めてだからな。楽しみだ」
私は席に戻るサイードの後姿をにらみながら思った。
(絶対勝ってあいつにトイレ掃除をさせてやる! そして「はい、やり直し!」をエンドレスで言い続けてやる!)
そして私は予行練習も兼ねて、このお店のトイレ掃除をチェックすることにした。
トイレ掃除というのは仕事の中でも一番面倒で避けたくなる作業だ。その作業が徹底できているということは、逆説的に、他のどんな仕事にも手が行き届いているということになる。「トイレは飲食店の顔」だと言われるのもそれが由来なんだと思う。
私はA店のトイレを徹底的にチェックした。
完璧、とは言えなかったがかなり良好な状態だった。掃除当番のチェックシートを確認すると、頻繁に掃除されているのが分かる。
(このお店は良いお店だわ。利益も結構出ていると思う)
そう確信しながらトイレを出てると、出入り口付近にサイードとSPたちの姿が見えた。彼は店を後にしようとしていたが、同時に、とんでもない光景が目に飛び込んで来た。
サイードたちが座っていたテーブルの上に、誰も手をつけていない料理が大量に並んでいたのだ。
私は大股で出口に向かい、サイードを呼び止めて言った。
「あんた、注文した料理食べてから帰りなさいよ」
サイードはきょとんとした顔で言った。
「なぜだ? 私は料理をチェックするためだけに頼んだのだ」
「でも、作ってくれた人に失礼でしょ」
サイードは悪びれる様子もなく言った。
「失礼も何も、料金を払った時点で料理は私のものなのだから、どうしようと私の勝手だろう」
それからサイードは「ああ、そうか」とわざとらしい表情を作って言った。
「お前には注文する金がなかったのだな」
サイードは自分のテーブルを指して言った。
「自由に食べていいぞ」
そしてサイードはそのまま店の外に出ていった。
私はあいつの後を追いかけて背中にドロップキックをかましてやろうかと思ったけど、
(あいつに恥をかかせる一番の方法は、この勝負に勝つことよ)
決意を新たにし、次のお店に向かうことにした。
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評価
良いと思うところ
お客を喜ばせることは大切なことではあるけれど、最も大切なことはそうではない、働きがい、仕事上の矛盾を、まりちゃんが経験を通して理解したこと^ ^またルール一つにも意味のあること、などの気づきはこれからの仕事の価値観にプラスに影響すると感じさせてくれたことがかったです^_^
良くないと思うところ
本筋からそれますが^_^;サイードの夢(笑)C店の再建が気になり…エンディングでちょっと期待したり(笑)
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評価
良いと思うところ
初登場したレインボーズのメンバーがイメージしやすい。
土下座好きですね!「すしどげざ」が見れるかと思ったんですが…(笑)
良くないと思うところ
今回はないので、前回のを…
かおり「緑」の人…「派手な柄のパーカー、ハーフのような顔、くりくりとした大きな瞳」がイメージしにくい。強引な性格と見た目が合っていない。「赤」とカブる部分がある。
さらに、「橘」と「桃」も、優しい点がカブる。
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