仕事幸福真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル

真理―成功と幸福の秘密を知ったアイドル 第7話

 *

 山Pから指定された3店舗のチェックを終えてリムジンに戻った。

 お酒が入っているのかかなり上機嫌になった山Pは言った。

 「さあさあ、どの店が最も利益を上げているか分かったか?」

 私はノートを開いて考えを言った。

 「A店だと思う」

 「ほほう」

 山Pは手をあごに添え、うなずいて言った。

 「その理由は何じゃ?」

 私はノートに書き込んだA店の特徴をチェックしながら答えた。

 「A店は駅から近くて立地も良いし、スタッフの接客もレベルが高くてトイレ掃除もきちんとしてた」

 そして私は顔を上げて言った。

 「あと、私がこの近くに住んでいたらA店に通うと思うから」

 私の言葉をじっと聞いていた山Pは、私より先にリムジンに戻っていたサイードに向かって言った。

 「どう思う?」

 サイードは首を横に振って言った。

 「A店はあり得ない」

 私はカチンときてサイードをにらみつけたけど、彼はこちらに顔を向けることなく冷静な口調で続けた。

 「まず、A店は賃料が高すぎる。さらに、まだ店が出来たばかりで客数が把握できてないのか、客数に対して従業員の数が多すぎた。極めつけは24時間の営業形態だ。駅前には、24時間営業のファーストフード店やインターネットカフェがあるからそちらに客を奪われる。深夜は従業員に25%以上の割増賃金を払う必要があるから人件費はさらにかさんでいるはずだ」

 サイードの話を聞いてどんどん不安になってきた。

 彼の話は今まで考えたこともなかった内容ばかりだったからだ。

 それでも私はなんとか反論しようと、サイードに向かって言った。

 「じゃああなたが選んだのはB店? でもB店は学生客ばかりでほとんど注文してなかったし、値段も安いから利益は上がってないんじゃない?」

 するとサイードは言った。

 「あのチェーン店は自社で工場を持ち原材料を管理して作っているから原価が安く抑えられるのだ。また、学生客は一人当たりの単価は安いがリピート率が高く、団体での来店も多い。だから学生街には必ずといっていいほどファミレスがあるのだ」

 さらにサイードは、利益率の高いお酒の販売に力を入れ、さらにつまみとなる他の商品を注文させやすくしたり、お客さんに「安い」と思わせる目玉商品以外は他店と変わらない値段にするなど、B店の工夫を指摘していった。

 私は、サイードに対して自分の負けを認めざるを得なかった。

 私がノートに書いたチェックシートには、サイードの言うような視点が完全に抜け落ちていたからだ。私は、あくまでホールスタッフとしての視点でしかお店を評価していなかった。

 言葉を失ってうつむいていると、山Pは静かに口を開いた。

 「もちろん、接客の素晴らしさやトイレ掃除が行き届いていることに意味がないわけではない。居心地の良さを提供すれば繰り返し通ってくれるお客さんも増えるじゃろう。しかし、それはお店の利益という観点からすると、一部の役割でしかないことを忘れてはならん」

 山Pがタブレットを操作すると、立体的な図が映し出された。

 (イラスト 空欄がたくさんある)

 「これはファミリーレストランの『売上げ』と『支出』を簡単に表したものじゃ。『売上げ』はお客さんが使う金額の合計、『支出』はお店側の出費じゃ。ここでイメージをつかむために、自分で想像して数字を入れてみよ」

 私はハニーズのことを思い浮かべながら数字を考えてみた。

 (ハニーズの一人あたり平均で使う金額は『1500円』くらいかな。一日に来るお客さんを100人だとしたら、ひと月で3000人。じゃあひと月の売り上げは450万円か……)

 私がそう口にすると、図の中に数字が表示された。

 「では、次に、お店の『支出』について考えてみよう。どんな項目が考えられる?」

 私は思いつくまま挙げて言った。

 「お店の家賃と、光熱費でしょ。あとは、スタッフのお給料とか」

 私が口にした項目が、図の中に表示されていく。書き足されていく。他にもまだあるようだ。

 「お店をオープンするときに机や椅子を買ったりするお金も入るのかな? あとは制服のお金とか、厨房の料理器具とかも」

 「良い視点じゃな。『設備投資』も広い意味では支出じゃ。ただ、今回はお金の流れをざっくりとらえるために外しておこう」

 そして山Pは続けた。 

 「『支出』で忘れてはならんのが、『原材料費』じゃ。ハニーズで提供しておる料理や飲み物にはすべて『原材料費』がある。たとえば野菜を200円で仕入れて、その野菜を調理し、味付けをし、皿に盛って出し、心地良い空間を提供することで、800円で売ることができるのじゃ」

 山Pはそう言いながらタブレットを操作すると項目がすべて現れた。

 「では、それぞれの数字を想像しながら埋めてみよ」

 私は言われたとおりに空欄に数字を埋めていき、最終的に図は次のようになった。

 (イラスト)

 

 山Pは満足そうに「うむ」とうなずいて言った。

 「これを見たら一目瞭然じゃろう。『売上げ』と『支出』の差額が『利益』であり、『利益』のマイナスが続くといずれは店を閉めねばならなくなる」

 山Pの言葉を聞きながら、私はC店のことを思い出していた。

 悪いお店ではなかったが、確かにこの数字を見るかぎり、あのお店は大きな利益を上げているとは考えられなかった。

 山Pは言った。

 「前に『時給のワナ』の話をしたが、『時給のワナ』にハマっている人間は間違いなく、自分に支払われるお金の動きしか見ておらん。しかし実際は、こうしたお金の流れの中で、自分に給料が支払われているのじゃ。

 (イラスト)

 逆に、仕事の本質を知る人間は――たとえアルバイトであっても――この視点を持っておる。全体のお金の流れを把握しなければ、自分のやるべきことを正確に判断するのが難しいからじゃ。なぜなら――」

 そして山Pは私を見て言った。

 「お店が利益を上げられず潰れてしまったら、結局は、お客さんを喜ばせることができなくなってしまうわけじゃからな」

 この言葉を聞いて、私は今日の店長とのやりとりを思い出した。

 私は目の前のお客さんに喜んでもらいたくて携帯の充電を許したり、一人のお客さんを広い席に通したりしていた。しかし、全体のお金の流れを見たとき、その行為は正しいのだろうか。携帯の充電はお店の電力を使っているし、一人の充電を許したら他の人も充電し始めるかもしれない。携帯だけで済めば良いけど、パソコンで作業を始める人が長時間座ることで食事をしたいお客さんを待たせることになるかもしれない。

 だとしたら、携帯を充電したいお客さんに対しては、もちろんできるだけ気分を害さないようにではあるけれど、断らなければならないのだろう。

 (私はまだまだ知らないことがたくさんあったんだな……)

 最近、仕事について分かってきた気になっていたけど、それは単なる私の勘違いだったと気づかされた。

 (悔しいけど、私の完敗だ……)

 私は立ち上がり、サイードの前に立った。

 そしてサイードに謝ろうと、その場に膝をつこうとしたときだった。

 山Pが私の動きを止めて言った。

 「サイードよ。お前はC店を買うことにしたらしいな」

 「ええっ⁉」

 C店は、今月閉店する予定の一番利益が上がっていなさそうなお店だ。

 私が困惑した表情を向けると、サイードは言った。

 「山Pよ。そもそもこの勝負には大きな欠陥があったのだ。現時点で一番利益が上がっている店を選ぶことに何の意味がある? たとえばA店であっても、客の数に対して適切な人員を配置したり、営業形態を変えたりすることで利益率を上げることは可能だろう。むしろ私からすると、現時点では売り上げが少ないが、工夫をすることで利益が上がる店の方に魅力を感じるのだ」

 私はサイードの言葉を聞いてほっとした。

 C店はこれからも営業を続けていくことができると分かったからだ。

 それからサイードは横目で私をちらりと見て言った。

 「ま、まあ、あれだな。私が庶民に支えられているという言葉にはハッとさせ……いや、ハッとはさせられていない。全然ハッとさせられていないが……ただ、私にも考えの足りてないところが……いや、足りてないわけではない。足りないところなどない。私は完璧な存在なのだ。ただ……」

 (な、なんなの、この尋常じゃない素直じゃなさは……)

 サイードの言葉を聞いてあきれていたが、

 「あっ!」

 私は大事なことを思い出して山Pにたずねた。

 「ちなみに、3つのお店でどこが一番利益を上げているの?」

 すると山Pはタブレットを見て言った。

 「最も利益が上がっているのがB店、次がA店、最後がC店じゃ」

 「だったら私の勝ちじゃん!」

 サイードはあわてて言った。

 「いや、私は一番利益を上げているのはB店だと見抜いて……」

 「でも、選んだ(、、、)のはC店でしょ? 選んだお店を買うって最初に言ってたじゃん」

 私は山Pを見て「だよね?」と言った。

 山Pはうなずいて言った。

 「この勝負、真理の勝ちじゃ」

 「やったぁ!」

 私は嬉しさのあまり飛び上がってリムジンの天井に頭をぶつけてしまった。

 でも頭の痛みは全然気にせず、私はサイードの肩を叩きながら言った。

 「あんた、ハニーズでバンバンしごいてあげるからね!」

 「わ、私が庶民の店でアルバイトを――」

 がっくりと肩を落とすサイードの手にシャンパングラスを握らせ、自分は炭酸水を入れたグラスを高く掲げて言った。

 「じゃあ、一緒の職場で働くってことで、乾杯!」

 サイードはうつむいたまま、重そうにグラスを持った手をこちらに近づけた。


「真理 —成功と幸福の秘密を知ったアイドル」は毎週月曜日更新です。

次回の更新は3月12日(月)です。

好きを送るためにログインしよう!

REVIEWS

評価

12345

良いと思うところ

お客を喜ばせることは大切なことではあるけれど、最も大切なことはそうではない、働きがい、仕事上の矛盾を、まりちゃんが経験を通して理解したこと^ ^またルール一つにも意味のあること、などの気づきはこれからの仕事の価値観にプラスに影響すると感じさせてくれたことがかったです^_^

良くないと思うところ

本筋からそれますが^_^;サイードの夢(笑)C店の再建が気になり…エンディングでちょっと期待したり(笑)

Shiho☆
まだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価

評価

12345

良いと思うところ

初登場したレインボーズのメンバーがイメージしやすい。

土下座好きですね!「すしどげざ」が見れるかと思ったんですが…(笑)

良くないと思うところ

今回はないので、前回のを…

「緑」の人…「派手な柄のパーカー、ハーフのような顔、くりくりとした大きな瞳」がイメージしにくい。強引な性格と見た目が合っていない。「赤」とカブる部分がある。

さらに、「橘」と「桃」も、優しい点がカブる。

かおり
まだこのコメントに「いいね!」がついていません
コメントの評価

ページトップに戻る