「どうしてここに?」
思わず京子は声を上げた。
「美緒はここでバイトしてるんだけど、山之内さん、美緒と知り合いなの?」
意外そうに隼人が言う。
隼人が「美緒」と下の名前を呼び捨てにするのを聞いて、京子はドキリとする。恋人同士なら当たり前のことだろうが、翼の顔でそれをやられると、さすがにダメージを受けてしまう。
「大学が一緒なんです。学部は違うけど、一緒に遊んだことがあって……」
京子は隼人に説明しながら、ダメージを受けたのが顔に出ていないか不安になる。隼人と一緒にいるのを美緒に見られたくなかった。隼人に気があると思われるのは癪に障ることだった。
京子はサッと大樹の腕をつかんで言った。
「今日は、大樹くんの服を探しに来たんだよね」
美緒がジロッと大樹を見る。『デイリーデイリー』で大樹に言い負かされたことを、美緒は忘れていないだろう。
あの日以来、少なくとも京子がいるときに、美緒が京子のバイト先に来たことはなかった。おそらく、大樹が京子以外の女子大生に気があるという事実も、美緒は知らないはずだ。
「あなたにも、前に一度、会ったわね」
美緒が言うと、隼人が驚く。
「大樹も知ってるの? 驚いたな。サークルの後輩なんだよ」
美緒が微笑んで、大樹と二、三言、挨拶をかわす。大樹は『デイリーデイリー』のことで美緒を警戒しているのか、どこか会話がぎこちない。
「あの、隼人先輩と、美緒さんは、どういう……」
大樹が隼人にたずねる。
「もしかして、付きあってるとか……?」
大樹がいきなり確信を突いたので京子はドキリとした。あらためてそれを確認させられると、胸の中にやるせない感情が湧いてくる。
すると、突然、隼人が笑い出した。
「違う。ただの高校の後輩だよ」
「えっ?」
思わず京子は声を上げた。
「下の名前で呼び捨てにしてるんで、俺、てっきり……」
大樹が言うと、隼人がまた笑う。
「高校の頃、俺はサッカー部で、美緒はマネージャーだったんだけど、うちの部は伝統で部員はみんな、下の名前で呼びあってて、その癖なんだよ」
京子は思わず美緒に目を向けた。美緒はどこかつまらなそうな顔をしていたが、京子の視線に気がつくと、イタズラっぽくほほえんだ。
もしかして、美緒にだまされていたのかもしれない、という考えが京子の頭に浮かぶ。いや、隼人は照れくさくて、美緒とつきあっていることを隠しているのかもしれない。でも、本当は隼人と美緒がつきあっていなかった場合、美緒には確かに嘘をつくメリットがある。隼人がすでに誰かの彼氏であると言われたら、他の女は手を出しづらくなるからだ。現に京子がそうだったように。
「嘘だったわけ?」
京子は思わずそうつぶやいた。
「ん、どうかした?」
隼人がキョトンとして京子を見る。
「いや、その……」
口ごもりながら、京子は美緒を見る。美緒は顔からほほえみを消して、京子を見つめていた。その顔を見て、京子は気づいた。
美緒は、隼人とつきあっていると嘘をついた。それを隼人が知ったら、あまりいい印象は持たないだろう。喫茶店で大樹に注意していたことから考えても、隼人は生真面目なところがあるみたいだし。だとするなら、ここで自分のついた嘘について話されるのは、美緒にとって都合の悪いことなのだ。だから、いつもの余裕のほほえみを忘れて、京子を見つめているのだ。
それは美緒が京子のバイト先に来た時と、ちょうど逆の状況だった。あの時は京子が店員で美緒が客。美緒が京子のバラされたくない話を知っていた。今は美緒が店員で京子が客。美緒のバラされたくない話を京子が知っているのである。
京子は美緒に向かってニッとほほえんだ。美緒のいやらしいほほえみを真似するように。
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