*
「あははは!」
赤音さんの爆笑する声が店内に響き渡った。
オーディションを終えた私は、近くのファミリーレストランで山Pたちと合流した。
山Pは不機嫌そうに言った。
「ワシは危うく警備員に捕まりそうになったんじゃからな。……まさか自分自身に『姥捨て山』に捨てられることになるとはのう」
山Pが伝えようとしていた内容に関しても「教えん。というかこれ以降は一切、何もお前に教える気はない」と意固地になっていた。
そのやりとりを見ていた緑川くんは笑って言った。
「でも結果的には良かったんじゃない? まりりんの緊張が解けたんだからさ」
桃瀬さんも同意するようにうなずいた。
それからもみんな口々に盛り上げてくれたけど、私の根底に流れ続けている不安はぬぐえなかった。私はその不安を口に出した。
「私……受かってるかな?」
「そりゃもちろん――」
赤音さんが言いかけた言葉を山Pが制して言った。
「合否は問題ではない」
山Pは真剣な表情で続けた。
「お前がアイドルになりたいのなら、オーディションに合格するまで受け続ければ良い。仮に受けるオーディションがなくなったとしても、他の方法で挑戦すれば良いだけの話じゃ。夢はあきらめないかぎり、いついかなるときも、なんらかの機会を用意してくれるものじゃからな」
「そうだよね」
私は山Pの言葉にうなずいた。
夢をかなえるための道はまだ始まったばかりなのだ。今回のオーディションに落ちたとしてもその道はずっと続いていく。そしてその道を行く限り、山Pの教えてくれた内容が道標になってくれるのだ。
「山Pの言うとおりです」
そう言ったのは紺野さんだった。
「合否は一つの結果にすぎません。しかし今回、真理さんがオーディションを受けたことは、今後の人生で素晴らしい結果を生み出す原因になると思います」
そして紺野さんは言った。
「真理さんは、初めてオーディションを経験してみて、何を感じましたか?」
私は、今日のオーディションを振り返りながら話した。
「可愛い子が多くてびっくりした。しかもあんなに可愛い子たちが全国で面接を受けるわけだから、アイドルになるのってとんでもない倍率なんだなって思った」
私はこれまで学校のヒエラルキーを気にしてきた。でも、そのヒエラルキーは、同じ県内の学校でも、さらには全国にもたくさん存在しているのだ。そして、そのヒエラルキーを登り続けてきた、ごくごく少数の人たちがテレビで活躍することになる。それは気の遠くなるくらい高い山だと思った。
うなずきながら話を聞いていた紺野さんは言った。
「他には何かありませんか? 経験には常にマイナスの面とプラスの面が存在しているはずです」
「えっと……」
私はしばらく考えてから答えた。
「面接のとき思ったのは……みんな外見は可愛いけど、正直、『普通』だと思った。面接していたプロデューサーたちは今日だけで何百人という人を見るわけでしょ? だったらみんなが言いそうな言葉って言っちゃいけないと思うんだよね。でも、私と一緒に面接を受けた子たちはみんな、同じようなことを言ってた」
すると話を聞いていた桃瀬さんが口を開いた。
「まりりんは、『相手の立場に立てる』ようになったんだね」
「相手の立場?」
「うん。仕事でお客さんを喜ばせるためには、お客さんが求めているものを感じ取れるようになる必要がある。今回の面接で言えば、お客さんはプロデューサーだよね」
そして桃瀬さんは微笑んで言った。
「まりりんは、ハニーズの仕事をとおして、そのことをずっと訓練してきたんだよ」
(そうなんだ……)
桃瀬さんの言葉を聞いてうれしくなった。やはりハニーズの仕事はアイドルになるために役立っていたのだ。
桃瀬さんの隣でゲームをしている水原くんが言った。
「『普通』も他の能力値次第では『ギャップ』に変化することもあるけどね。まあまりりんの場合は、面白さで攻めるのが正解だよね。ハニーズの接客でもお客さんを楽しませるのが得意だったし」
水原くんはゲーム画面から一切顔を上げなかったが励ましてくれているようだった。
山Pが言った。
「たったの10秒の面接じゃが、その中には、お前がこれまで学んできたことが凝縮されておったはずじゃ」
山Pは続けた。
「面接に合格するという結果を生むためには、まずは自分を覚えてもらうことが優先される。それはまさに紺野くんが教えてくれた『因果関係』じゃ。また、立ち振る舞いや受け答えには、緑川くんの『愛嬌』が生きておる。さらに、目の前の面接だけではなく、全国各地でどんな面接が行われ、そのうちの何%が合格するか把握しようとする視点はサイードの影響じゃろう」
(本当にその通りだ)
改めてみんなの教えに感心していると、
「おい、俺はないのかよ!」
赤音さんが口を尖らせたので、私は言った。
「アイドルになってからしたいことをいつも想像してたから、オーディションを受ける勇気が持てたんだよ」
そして私は言った。
「オーディションを受ける勇気を持てたのは赤音さんのおかげだよ」
すると赤音さんは、「お、おうよ」とすごく恥ずかしそうにうなずいた。
「あ、そうだ!」
私は自分の思いつきに興奮して叫んだ。
「オーディション終わったら、みんなで遊びに行かない⁉」
私は興奮しながら続ける。
「遊園地とか、カラオケとかボーリングとか! みんなで行ったら絶対楽しいよ!」
山Pと出会ってから、夢とか仕事とか真面目なことばかり考えていたからそういう発想が生まれなかった。でも、レインボーイズのみんなや山Pと一緒に遊んだら間違いなく盛り上がるだろう。それはきっと私の人生で何にも変え難い特別な時間になるはずだ。
「賛成! 行こう、行こう!」
真っ先に言ったのは緑川くんだった。
「最新のVRゲーム機器が揃っているテーマパークも候補地に入れてもらえるかな?」と水原くん。
「バイクでツーリング行こうぜ。俺がまりりんを後ろの席に乗せて走る!」
赤音さんが言うと、紺野さんが口を挟んだ。
「お前の荒い運転で真理さんの身に万が一のことがあったら問題だ。お前以外は全員車でドライブだな」
「ま、バイクだろうが車だろうが私が最高級のものを手配することになるだろう」
相変わらずサイードらしい言葉だった。
私は山Pに向かって、
「ねえ、いいでしょ山P……」
言いかけた言葉を途中で止めて「大丈夫⁉」と山Pの身体を支えた。
山Pは真っ青な顔で苦しそうにうずくまっていた。
「真理 —成功と幸福の秘密を知ったアイドル」は毎週月曜日更新です。
次回の更新は4月9日(月)です。
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評価
良いと思うところ
今までの教えが全てまとめられている形でわかりやすくて、流れとポイントがぴったりと成長に繋がる行動に表されていて、良かったです、見事です!
その中でも一番良かったのは、実力以上の力をとてもまりちゃんらしい形で出せたところです、諦めずに^ - ^
偶然にも昨日は一般的に入社式でした。期待に不安、、、いろんな思いでスタートを切ったフレッシュマン全てに最初からここまでのところをはじまりの心得として勧めたいくらいです^ ^自分が人事や総務ならば(笑)
仕事に向いているかハマるまでとにかく必死に三年頑張ってみて、と(矛盾するかも⁈いやしないかな)「憧れ」を持ち続けて、大事な気持ち見失わずに進んで欲しいとo(^_-)O
また色紙の合格祈願、自分は緑川くんの言葉が一番好み(๑˃̵ᴗ˂̵)でした。次はサイードで(笑)自分の中ではサイード株ぐんぐん上がっています(笑)
よぉし!と勇気がわきたつ、最高に素晴らしい回でした(^-^)
良くないと思うところ
よくないと思うところはありません。まりちゃんの気持ちの切り替えの早さ、良さ、これも才能の一つですね^_^背負うものが無いならば、悩んでも自分ではどうしようもならないと、誰でも引きずらずにいけたらいいのにと思います。
Shiho☆1人がこのコメントに「いいね!」しました
コメントの評価
著者からの返事
感想ありがとうございます。
2018年4月3日 15時41分 水野敬也オーディションのシーンは実はかなり苦戦しているのでこうして前向きな感想もらえるのはありがたいです!
評価
良いと思うところ
山Pが何かを言おうとして、でも何を伝えたいのかまりりんにはわからず退場させるという展開が意外で、笑いました。
合格祈願の色紙、緑川くんの「1億%」は、将棋のハッシーの発言からとったのかな?とか、サイードの「CDを100~1000万枚買ってお前をセンターに」ではAKB総選挙で1000万枚投票すれば、推しをセンターにできるな!とか、細かいところまで楽しめました。
良くないと思うところ
コマ切れで読まなきゃいけないこと…くらいですかね。一気に読んでしまいたい感が高まっています!
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